第一 銀のなる木は門口の柊

 唐土文王の園は、七十里四方あるとや言へり。その内の千草万木の眺めも、一間四方の畾地に柊一本植ゑて見るも、我が屋敷と思へば楽しむ心の変はる事なし。ここに、越前の国敦賀の大湊に年越屋の何がしとて有徳人、所に久しく住み慣れて味噌、醤油を作り、初めは僅かなる商人なるが、次第に家栄えける。
 世のよろづに賢く、分限に成るそもそもは、山家ヘ毎日売りぬる味噌を、いづれにても小桶、俵を拵へ、この費え限りなし。時にこの親仁、工夫仕出して、七月玉祭の棚を崩して、桃、柿、瀬々を流るる川岸に行きて、すたれる蓮の葉を拾ひ集め、一年中の小売味噌を包めり。この利発、世上に見習ひ、これに包まぬ国もなし。
 程なく大屋敷を買ひ求め、その庭木にも花咲き実を眺め、生垣も狗𣏌、五加木を茂らせ、萩は根引きに、風車は十八ささげに植ゑ替へ、同じ蔓にも取り得のある物を好めり。海月桶のすたるにも蓼穂を植ゑ、目にかかる程の事、一つも愚かなる仕業なし。昔植ゑたる柊、後には大木となつて、その家の目印となる年越屋を知らぬ人なし。
 節分の夜も、鬼の目つこはこれを用ゐ、一銭づつの事も一代を考へ、一万三千両持つまで取葺屋根の軒の低きに住みしが、惣領に幸ひの嫁ありて、約束するに中立ちの人勧めて、内儀と頷き合ひて、京より今風の衣装、巻物を調へ、世間に笑はぬ程の頼み樽、二十五人肩を揃へて贈りける。親仁には角樽一荷に塩鯛一掛け、銀一枚、言ひ入れの祝儀贈ると見せけるに、大儀なる顔付きして、「銀一枚よりは、嵩高にして見よきに銭三貫。」と申されし。これ程に世間を知らねども、只正直にして、今六十余歳まで暮らされける。
 この家より頼みを奢りの初めとして、この度、表屋造りの普請を望めど、子供の言ふ事、中々親仁合点せざるを、懇ろなる町衆を頼み、又は二世までの同行衆、寺の長老様まで頼み廻り、やうやう願ひ叶ひ作事に取り付き、所にてはあつぱれ棟高く、思ひのままに造り立て、以前に格別変はりて、毎日洗ひ磨きに光り渡り、近在山家の柴売り、百姓の出入り絶えて、商売俄にやみて、作り込みし味噌の捨て所なく、醤油流す川もなく、手前よりあまたの売り手を拵へ、昔変はらぬ風味を出せど、人皆悪しく言ひなし、これも売り止まれば、おのづから{*1}商売替へて、仕付けぬ事は危ふく、年々大分金銀減らして、買ひ置きすれば下がりを受け、金山の損銀。程なく家ばかりになりぬ。
 この家屋敷、やうやう三十五貫目に人の物にする事、親仁歎き給へば、倅言ふやうは、「時節のよき折から家普請をして置いたればこそ、このたび売るに仕合せ。」と、これに無用の自慢なり。親仁稼ぎ出して四十年の分限、息子、六年に皆になしぬ。されば、金銀は儲け難くて減り易し。朝夕十露盤に油断する事なかれ。
 「惣じて店付きのよしあし、鮫、書物、香具、絹布、かやうの花車商ひは、飾りの手広きがよし。質屋の構へ、食物の商売は、小さき内の自堕落なるがよし。」と言へり。「久しく仕慣れ、人の出入り仕付けたる商人の家、普請する事なかれ。」と、徳ある長者の言葉なり。かの味噌屋、敦賀にて呼び迎へし女房は去りて、浜手に少しの店を出し、「これにも世帯人なくては。」と、その所より女房呼びしに、吉日を見て頼みを遣はしける時、角樽一荷、鯛二枚、銭一貫文、これを贈る。世にある時、親仁に見せける頼みの事、今思ひ合はせり。人々心得のあるべき世渡りぞかし。

【口訳】
 支那の文王の園は、七十里四方あるとか言ふ。その園内の千草万木の眺めも、一間四方の余地に柊一本植ゑて眺めるのも{*2}、我が屋敷と思へば楽しむ心の変はる事はない。ここに、越前国敦賀の大湊に年越屋の何がしと言つて、分限者があつた。所に久しく住み慣れて味噌、醤油を造り、初めは貧弱な商人であつたが、次第に繁昌した。
 渡世の万事につけて抜け目が無く、分限に成つた初めは、かうなんだ。山家ヘ毎日売つてゐる味噌を、いづれの店でも小桶や俵を拵へて入れるのだが、この費用が莫大である。時にこの親爺は、新工夫を始めた。世間の人々が七月の魂祭の棚を崩して、御供の桃や柿が瀬々を流れる川岸に行つて、すたれ行く蓮の葉を拾ひ集めて{*3}、一年中の小売味噌を包む事にした。この利発な工夫を世間で真似して、今ではこれに包まぬ国もない。
 間もなく大屋敷を買ひ求めたが、その庭木にも、花が咲いて実をも結ぶのを眺め、生垣も狗𣏌、五加木を茂らせ、萩は根こそぎ引き抜いて捨て、風車は十八ささげに植ゑ替へ、同じ蔓でも実益のある物を好んで植ゑた。海月桶のすたるのにも蓼穂を植ゑ{*4}、およそ目につく程の事は、一つとして抜かつた事がない。以前に植ゑた柊が後には大木となつて、その家の目印となつてゐる年越屋を知らぬ人はない{*5}。
 節分の夜も、鬼の目つこはこれを用ゐ{*6}、「柊代一文づつ要る事も、一代の内には大した費用だ。」と考へ、一万三千両持つまで取葺屋根の軒の低い家に住んでゐたが、長男に都合のよい嫁があつて婚約する事になつたが、仲人が勧めて、内儀と相談して、京から当世風の衣装、巻物を買ひ調へ、世間で笑はぬ程度の頼み樽を用意して、二十五人肩を揃へて贈つた。親爺には角樽一荷に塩鯛一掛け{*7}、銀一枚を結納の祝儀として贈ると見せかけたのであつたが、親爺は、これは大げさだといふ顔つきして、「銀一枚よりは、嵩高で見よいに、銭三貫にしたらよかつた。」と申された。これ程に世間の義理を知らぬ人であるけれども{*8}、只正直にして、今六十余歳になるまで暮らされてゐる。
 この家からかやうな結納を贈つたのを奢りの初めとして、今度は表屋造りの普請をしようと望んだが{*9}、息子の言ふ事などを親爺は中々承知してくれないので、息子は、かねて懇意な町内の人々を頼んだり、又は二世まで約束してゐる親爺の同行衆や寺の和尚様までも頼み廻つて、やつと親爺への願ひが叶ひ、工事に取りかかり、土地では素敵に棟高く、思ひのままに造り立て、以前とは格別に変はつて、毎日洗ひ磨きをするので一面に光つてゐた。しかるに、近在や山家の柴売り、百姓の出入りが絶えて、商売が俄にすたれたので、作り込んだ味噌を捨てるわけにも行かず、醤油を川に流すわけにも行かないので、自分の店から多くの売り手を拵へて、以前に変はらぬ風味を出したけれど、人皆悪く評判し、これも売れなくなつたので、仕方なく商売を替へたが、仕付けない事は危険で、毎年大分金銀を減らした。即ち、買ひ置きすれば下落を受けて損し、鉱山に手を出しては失敗し、間もなく家ばかりになつた。
 この家屋敷をやつと三十五貫目で他人の物にする事を親爺が歎かれると、息子が言ふことには、「時節のよい折に家普請をしておいたればこそ、今度これ程の値段で売れて仕合せだ。」と、これに無用の自慢である。親爺が四十年かかつて儲け出した身代を、息子は僅か六年で蕩尽した。だから、金銀は儲け難くて減り易いものだ。朝夕、算盤の勘定に油断してはならぬ。
 すべて、店付きのよしあしについては、鮫、書物、香具、絹布、かやうな上品な商ひは{*10}、店飾りの手広いのがよい。質屋の構へ、食料品の商売は、小さい家で、乱雑にしてあるのがよいといふ事だ。「久しく仕慣れて、人の出入りしつけた商人の家は、家普請してはいけない。」と、或る老巧な長者の言葉だ{*11}。かの味噌屋は、敦賀で呼び迎へた女房をば離縁して、浜手に小さな店を出したが、「これにも世帯をする女がなくては不便だ。」といふので、その所から女房を呼んだが、吉日を見て結納を遣はした時、角樽一荷、鯛二枚、銭一貫文、これだけを贈つた。繁昌してゐた時、親爺に見せた結納の事を今思ひ合はせて、悲しく感じた。人々の心得ておくべき事は、渡世の道だ。

【批評】
 本篇の内容の主眼は、奢る者は久しからずにあるとも言へるが、「久しく仕慣れ、人の出入り仕付けたる商人の家、普請する事なかれ。」といふのが、本篇をよく締め括つてゐる。かやうな点に世相の穿ちがあるとも言へやう。

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校訂者注
 1:底本は、「おから」。底本語釈及び『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
 2:底本語釈に、「〇畾地(らいち) あき地。」とある。
 3:底本語釈に、「〇玉祭(まつり)の棚(たな) 聖霊棚。」「〇蓮(はす)の葉(は) 蓮の葉に食物を盛つて仏に供へる。」とある。
 4:底本語釈に、「〇狗𣏌(くこ) 枸𣏌。茄(なすび)科の落葉灌木。」「〇五加木(うこき) うこぎ。五加(うこぎ)科の落葉灌木。」「〇風車(かさくるま) かざぐるま。毛莨(きんぱうげ)科の蔓草。」「〇十八さゝげ 豇豆(ささげ)の一種。」「〇海月桶(くらげをけ) 食用の海月を塩漬けにして入れておく桶。」「〇蓼穂(たてほ) たでぼ。細葉蓼(ほそばたで)の事。食用蓼の一種で、辛味料として使ふ。」とある。
 5:底本語釈に、「〇年越(こし)屋 ここに再び年越屋を持ち出したのは、柊の縁としてである。柊は年越しの夜、厄除けに使ふ。」とある。
 6:底本語釈に、「〇鬼(をに)の目つこ 柊の異名。」とある。
 7:底本語釈に、「〇巻(まき)物 巻いた反物。」「〇頼み樽(たる) たのみだる。結納の印として贈る酒樽。結納の事を頼みとも言ふ。」「〇角樽(つのたる) つのだる。長方形の酒樽で、両端に角の如き柄が横に向かつて出てゐる。」「〇一荷 角樽二箇。」「〇一掛(かけ) ひとかけ。二尾の鯛を向かひ合はせにしたもの。」とある。
 8:底本語釈に、「〇世間を知らね共 結納の祝儀には、相当な分限ならば小判などを贈るのが普通であるのに、それもこの親爺に遠慮して丁銀一枚にして、質素なところを見せたのだが、親父はこれをも仰山といふ顔して、銭に代へたかつたと言ふのである。乞食にさへ与へられる銭を結納の祝儀に用ゐては、礼儀を欠くのである。即ち、世間の義理を知らぬ事になる。」とある。
 9:底本語釈に、「〇表屋(をもや)づくり おもやづくり。京阪地方の商家の大きな家屋について言へば、表の二階造りの奥に更に平屋造りを建て続けたものと思はれる。」とある。
 10:底本語釈に、「〇鮫(さめ) 鮫皮の略。刀の柄などを巻くのに使ふ。」「〇香具(かうぐ) 香道に使ふ道具。」「〇花車(きやしや)商(あきな)ひ 上品、或いは風雅な品物を売る事。」とある。
 11:底本語釈に、「〇徳ある ここは、見聞経験の広く深い意であらう。」とある。