第四 身代固まる淀川の漆{*1}
人の稼ぎは早川の水車の如く、常住油断する事なかれ。瀬々の流れも昼夜七十五里に積もり、水の行く末さへ限りあるなれば、人間一生、長う思うて短し。
程なく老いの浪立つ淀の里に与三右衛門と言へる人、初めは僅かの家業なりしが、自然の仕合せ見えしは、或る時、降り続きたる五月雨の頃、長堤も高浪越して、里人太鼓を響かせ、人足を集めこの水を防ぐに、小橋は常さへ淵なるに今日の気色のすさまじく、阿波の鳴門を目前に渦の逆巻くその中より、小山程なる黒き物、びつと浮き出、行く水に連れて流れしを、見る人、「鳥羽の車牛ならん。」と指さしけるに、牛には大き過ぎたるに心を付け、これを後より慕ひ行くに、渚の岸根なる松にかかりて留まりけるを立ち寄り見れば、年々四十八川の谷々より流れ固まりし漆なり。「これ、天の与へ。」と喜び、砕きて上荷舟にて取り寄せ、ひそかに売りける程に、この一つの固まり千貫目に余り、この里の長者とは成りぬ。これらは才覚の分限にはあらず、天性の仕合せなり。おのづと金が金儲けして、その名を世上に触れける。
或いは親よりの譲りを受け、又は博奕業にて勝ちを得たり、似せ物商ひ、後家を見立てて入り聟、高野山の銀を廻し、人知らねばとて穢多村へ腰をかがめ、手前のよろしきは嬉しからず。常にて分限になる人こそ誠なれ。人のしはきを笑ふ事は非なり。それは、面々の覚悟にある事なり。手を出して物は取らねど、その心に違はざる非道の人、世に紛れて住めり。たとへば借銀嵩み、次第に振りに詰まり、さまざま調義をするに成り難く、自然とその家を潰し、毛頭内証に偽りなく、委細に勘定を立て、その上の分散は、損銀するに憎まず。
今時の商人、おのれが身代に応ぜざる奢りを、皆、人の物にて昼夜を明かし、大年の暮に驚き、巧みて倒るる拵へして、世間の見せかけよく、隣を買ひ添へ軒を続け、町の衆を舟遊びに誘ひ、琴弾く女を呼び寄せ女房一門をいさめ、松茸、大和柿の初めを値段に構はず店の端にて買ひ取り、茶の湯は出さねど口切り前に露地を作り、久七に明け暮れたたき土をさせて、奥深に金屏を光らし、外より好もしがらせ、やがて売り家なるに千年も住むやうに思はせ、内井戸、石の井筒に取り替へ、人の物借らるる程は取り込み、ひそかに田地を買ひ置き一生の身すぎを拵へ、その外、子どもを仕付け銀まで取りて置き、惣高算用して三分半に廻る程に仕掛け、負せ方に渡しけるに、後は我人退屈しておのづからに済まし、その当座は悲しき顔つきして、木綿着る物にて通りしが、はやこの寒さ忘れて風を厭はぬ重ね小袖、「雨降つて地固まる。」と、長柄の差し掛け傘に竹杖の勿体らしく紫の頭巾して、「小判は売り旬か。」と相場聞くなど、さながら除け銀のやうに思はれける。さても恐ろしの世や、うかと貸し銀ならず。仲人任せに娘も遣られず。念を入れてさへ損銀多し。
昔、大津にて千貫目の差し引きを、「世界になき事。」と沙汰せしに、近年、京、大坂に三千五百貫目、四千貫目の分散も、さのみ大分と言ふ人なく、その時代にて物事手広くなりぬ。以前に変はり、世間に金銀多くなつて、儲けも強し、損もあり。商ひの面白きは今なり。随分世渡りに疎略をする事なかれ。或る長者の言葉に、「欲しき物を買はず、惜しき物を売れ。」とぞ。この心の如く、稼ぎて奢りをやむれば、よきに極まる事なり。されば商ひの心ざしは、根を治めて太く持つ事、肝要なり。
この淀の人、都の栄花を見習ひ、大川を泉水に仕掛け、京よりあまたの工を呼び寄せ、不断の水車、客を待つやらくるくると、椀家具の音、伏見まで響き、浜焼きの香り、橋本、葛葉に通ひ、茶は宇治に人橋を掛け、酒の滴り、松の尾まで流れ、「この繁昌、いつか尽くる世あらじ。」と見しに、或る時、石清水八幡宮を申し下ろして、安居の頭を執り行はれ、めでたき事山々なりしに、この行事は、その亭主の心持ち大事なり。よろづの義を惜しきと思へば、忽ち無足する事なりしに、この家破滅御告げにや、大釜の下より大束の葭燃えしざりしに、あまた人、庭にありながら、これをさしくべる人もなくて、主、心に掛けしより、幾程なくこの家絶えて、その名は踊り歌に残れり。
【口訳】
人が家業を励む事は、早川の水車の如く、始終油断してはならない。瀬々の流れも一昼夜七十五里の速さに見積もつてあり、水の行く末さへ限りがあるから、人間の一生も、長う思うても短いもの。間もなく老いの浪が立つて、年寄つてしまふものだ。ここに、川浪の立つ淀の里に与三右衛門と言ふ人があつたが、初めは貧弱な家業をしてゐたが、自然の仕合せが見えたのは、かうだ。
或る時、降り続いた五月雨の頃、長堤も高浪が越して、里人は太鼓を響かし、人足を集めてこの水を防いだが、小橋は常でさへ淵であるのに、今日の有様はものすごく、阿波の鳴門を目前に見る如く、渦の逆巻くその中から、小山ほどな黒い物がぶくつと浮かび出て、行く水に連れて流れるのを見る人は、「鳥羽の車牛だらう{*2}。」と指さして言つたが、牛にしては大き過ぎるので、気を付けて後を追つて行くと、水際の岸根にある松に引つ掛かつて留まつたので、立ち寄つて見れば、四十八川の谷々から流れ固まつた漆であつた{*3}。「これは、天の与へだ。」と喜び、これを砕いて上荷舟で取り寄せ、ひそかに売つてゐたところが、この一つの塊が銀千貫目以上になり、この里の長者とは成つた。これらは才覚によつて成つた分限者ではなくて、天然の仕合せである。これから世話に言ふ通り、金が金を儲け、その名を世間に広めた。
或いは親の遺産を受け継いだり、又は博奕わざで勝つたり、似せ物商ひをしたり、金のある後家を見立てて入り聟をしたり、高野山の祠堂銀を借りて、更に他に貸し付けて利を貪つたり、人が知らぬからとて穢多村へ腰を低うして借銀したり、かやうな事までして身代をよくするのは、喜ぶべき事ではない。普通の家業で分限になる人こそ本当の分限だ。
さて又、人の吝いのを笑ふのはよくない。それは、各自の考へによる事だ。手を出して物を盗むといふわけではないが、その心と同じやうな非道な事をする人が、世間に紛れ込んで住んでゐる。たとへば借銀が嵩み、次第に経営に詰まり、色々工夫をしても埒が明かず、自然とその家を潰し、少しも財産を偽る事が無く、委細明瞭に清算を拵へ、その上で破産するのなどは、貸し方で損しても、憎む気にはなれない。
しかるに今時の商人は、自分の身代に似合はぬ奢りをして、皆、人からの借銀でいつも暮らし、大晦日になつて驚き、詐欺の手段で破産する手筈をして{*4}、世間への見せかけをばよくし、隣家を買ひ添へて軒を続けたり、町内の人々を舟遊びに誘ひ、琴弾く女を呼び寄せて女房の一族を慰めたり、松茸、大和柿の初物を値段の高いに構はず店先で買ひ取つたり、茶の湯は出さないのに口切り前に露地を作り、久七に明け暮れ叩き土をさせ{*5}、座敷の奥深く金屏風を光らせ、外から気に入るやうに見せ、やがて売り家になるのに千年も住むやうに思はせたり、内井戸を石の井筒に取り替へたりして、人の銀を借りられるだけ取り込み、ひそかに田地を買つておいて一生の生計を用意し、その外、子どもの教養費まで取つておき、借銀の惣高を算用して、三割半に当たる程を弁済するやうに瞞着し、かくて債権者に渡すのだが{*6}、後は貸し方の誰彼も根気負けして、自然とそのままになつてしまふのである。破産者は、その時だけは悲しい顔つきして木綿着物で通してゐるが、いつの間にか早、この時の寒い辛さを忘れて、風を厭はぬ重ね小袖をしながら、「雨降つて地固まる。」と言はぬばかりに、長柄の傘を差し掛けさせ、竹杖をついて歩く態度は勿体らしく、紫の頭巾かぶつて、「小判は売り旬か。」などとその相場を聞いてみるなど、あたかも財産隠匿でもしてゐるやうに思はれる{*7}。さても恐ろしい世の中だ。これではうつかり貸し銀もできないし、仲人任せにして娘も縁付けられない。念を入れてさへ損銀が多いのだ。
昔、大津で千貫目の借銀清算高を「世間に例のない事だ。」と評判したが、近年では京、大阪に三千五百貫目、四千貫目の借銀の為に破産するのも、さほど「多額だ。」と言ふ人もなく、その時代に依るもので、物事が大げさになつて来た。以前に変はつて世間に金銀が多くなつて、儲けも大きいが損も大きくなつた。商ひの面白いのは今の時節だ。随分渡世に疎略をしてはならぬ。或る長者の言葉に、「欲しい物を買はず、惜しい物を売れ。」とある。この心がけのやうに、稼いで奢りをやむれば、よいに決まつてゐる。かくて商ひの志は、まづ資産を大きくして気を大きく持つ事が肝要だ。
この淀の人、都の栄耀を見習ひ、淀の大川を庭に引いて泉水を拵へ、京から沢山の職人を呼び寄せて不断の水車を造らせ、水車は客を待つのか、くるくるとめぐり、椀、家具を取り扱ふ音は伏見まで響き、鯛の浜焼きの香りは橋本、葛葉に伝はり、茶は宇治に続々と使を走らせ、酒の滴りは松の尾までも流れ{*8}、「この繁昌は、いつまでも尽きる時はあるまい。」と見えた。しかるに或る時、この人、石清水八幡宮の御神霊を招請し、安居の頭となつて神事を執り行はれ{*9}、霊験あらたかな事が沢山あつたが、一体この行事は、その頭である亭主の心持ちが大切で、種々の入費を惜しいと思へば、忽ち行事が無効となるのであつた。ところが、この亭主の家が破滅するといふ御告げであらうか、大釜の下から大束の葭が燃えしざつたのを、たくさん人がその庭に居りながら、これをさしくべる人もないので、亭主はこれを惜しがつて気にした。それから幾程もなくこの家は破滅して、その名のみは、今に踊り歌に残つてゐる{*10}。
【批評】
本篇の主人公与三右衛門は、僥倖に依つて富を得たにかかはらず、栄華に暮らした報いと言ふのか、男山八幡宮の安居の頭となつて行事をやつてゐる時に、不吉な事があつて、間もなく身代が破滅したと作者が書いてゐるのは、悪報を暗示したやうにも思はれる。贅沢をすれば身代が倒れるといふ事を露骨に示さないで、神事に託してゐる。
本篇の主眼である与三右の話は全篇の半ばで、その他は主として、法網を潜り人を瞞着して手前よく暮らす人々の裏面を看取してゐるが、かやうな世相の描写にかへつて妙味がある。
本篇の話は、既に彼が二年前の貞享三年に刊行した「本朝二十不孝」巻三の三と相似たもので、大体に於いて構想の酷似したところがあり、同巧異曲の感があるのは遺憾である。しかし、本篇の方が遥かに優れてゐるので、二番煎じにならなかつたのは良い。
校訂者注
1:底本語釈に、「〇身体(しんだい)かたまる淀(よど)川のうるし 身体は身代。資産。『かたまる』は漆の縁語でもある。」とある。
2:底本語釈に、「〇鳥羽(とば)の車牛(くるまうし) 鳥羽街道を往来する荷車を曳く牛。」とある。
3:底本語釈に、「〇四十八川 沢山の川の意。」とある。
4:底本語釈に、「〇たふるゝ拵(こしら)へして 破産するやうに計画して置いて。即ち財産隠匿、他人名義などにしておく事。当時、かかる詐欺が多く行はれた。」とある。
5:底本語釈に、「〇口切 くちきり。初冬の頃、新茶を客に供する為、その茶壺の封を切つて出す事。」「〇露地(ろち) ろぢ。茶道では茶室付属物の設けてある地域を言ふが、近世中流以上の京阪商家では、店の横門(通りに面する)から玄関に達する通路を言ふ。ここは、この意味。」「〇久七 下男の総称。久三、久三郎、久助も同じ。」とある。
6:底本語釈に、「〇仕付銀 しつけがね。躾ける為の費用。教育費。」「〇三分半 百分の三十五。三割五分。色々たくんで、借銀の総高の三割五分ほど返済できるやうにしておくのである。」「〇負(をふ)せかた 貸し方。債権者。」とある。
7:底本語釈に、「〇売(うり)しゆん 売るのに最も都合よき時。売旬(うりしゆん)。買旬の対。」「〇のけがね 除銀(のけがね)の意。破産の時、財産目録からひそかに取り除いて隠匿しておく金銀。」とある。
8:底本語釈に、「〇大川(せん) 淀川を指す。」「〇客をまつやらくる(二字以上の繰り返し記号)と 当時流行の踊り歌『誰を待つやら』云々をふまへた。水車も招待客を待つのか、くるくるとめぐり。『くる』には『来(く)る』を言ひ掛けた。」「〇椀家具 椀と膳(折敷)と。」「〇人はし 人橋(ひとばし)。急用の時、使者を引き続いて出す事。『うぢに人はしをかけ』は、古来の名橋である宇治橋をも匂はしたのである。」「〇松(まつ)の尾(を) 京都の西郊松尾(まつのを)にある松尾神社。酒の神として酒造家などの尊信する神。」とある。
9:底本語釈に、「〇あんごのとう 安居の頭。石清水八幡宮の年中行事の一つ。この行事には頭としては莫大な費用を要するので、郷家がこれになる。郷家は土地の豪家である。」とある。
10:底本語釈に、「〇心にかけしより 気にかけてから。燃えしざつた葭は燃え残るから、これを惜しく思つたのである。」「〇其名(な)は踊哥(をとりうた)に残(のこれ)り 其角の類柑子(宝永四年刊)上、北の窓と題する文に、『与惣右か門にたれを待やらとうたひ出らる。時鳥まつやらよとの水くるま 宗因』云々とあるのに依つて、与三右が歌はれた事がわかる。」とある。
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