御耳に立つは同じ言葉

 昔、都の町に西の岡屋と言へる葉茶商売の者あり。故郷出でて十三ケ年あまり町屋住まひをせしが、先祖より手馴れたる鋤鍬牛を使ひし{*1}野道と商ひの道とは格別に違ひて、年々元手を減らし、身代続きかねて、今一度ふりを替ふる相談極めしに、金銀の才覚、京にてなり難く、親の譲られし田畠、一門に預け置きて作らせしが、これを代なす胸算用して、里の親類に仔細を語れば、欲の事に目の{*2}者ども、一つになって「田地は買ひ取り、預からぬ。」と言ふ。「然らばその証文があるか。」と言へば、「その方は、預け置きたる証文があるか。」と横を申し懸かられ、「さりとは盗人といふものなり。皆遁れぬ仲なれば、手形も取らずして、今後悔」なれど甲斐なし。これは内証にては勘忍なり難く、段々書付を以て御訴訟申し上ぐ。相手の百姓召し出だされ、既に裁許に及べり。
 里人、声かしましく我がまま言ふ内に、「伯父者人、手形も無い事申されな。」と言ふ。京の者、腹立して、「叔父{*3}、無い事が御前へ申し上げらるるものか。」と、両方より「伯父」と言へる言葉、御前の御耳に留まりて、まづ公事は外になりて、「おのれら畜生同然なり。先祖の祖父め{*4}、世にあらばきつと申し付くべき曲者なり。この出入り、重ねて聞く事にあらず。内証にて和談すべし。世間の法を背けば、おのれらが吊書して、その町の者どもにこれを見すべし。」と仰せ付けられしを、いづれも合点参らず、色々思案致しても落着せざりしを、御前には即座に聞こし召し分けさせらるる事、諸人感じける。

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校訂者注
 1:底本は、「役(つか)ひたる野道(のみち)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「目(め)の無(な)い者(もの)ども」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「伯父(おぢ)」。『本朝桜陰比事<翻刻>』(1996)頭注に従い改めた。
 4:底本は、「祖父(ぢい)今世(こんぜう)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。