太鼓の中は知らぬが因果
昔、都の町西陣に織絹屋、門を並べ、これを渡世として今日を暮らせる中に、家職、人にすぐれながら、内証差し詰まり、年久しく住み馴れし所を立ち退くに夫婦相談を極め、諸道具忍び忍びに売り払ふを聞きつけ、かねて懇ろせし職人仲間十人申し合はせ、「この亭主は、身過ぎに油断なく、万事律儀に構へ、しかも仏神を信心深く、一つとして悪事なく、人のためにもなれる男」にて、いづれもこれを惜しみ、「是非に今一度、身代取り持つべし。」と、内証聞けば、僅か四貫目に足らざる借銭。「これにて数年の老舗をやむる事あるべきか。」「人の身の上には、かかる事のある習ひなり。」「我々万事請け合ふ上は、春の事ども調へ、嬉しがる子どもに餅花を見せ、下々の仕着せは紋無しの浅黄にして、今からも成る事なり。」「お内儀、こんな時が大事なり。髪頭も取り上げ、落ち目を人に見せぬが女房の嗜み。」「鰤は三本まで手前にあれば、これを一本越すべし。」
我人忙はしき十二月二十六日の夜に入り、申し交はせし十人、一人に金子十両づつ持参して、頼母子と名付け、合力に致し、一升桝に一人一人投げ入れ、合はせて百両の小判。「近年の内に千両になるべし。」と、中にも分別らしき男、これを恵比須棚に上げ置き、「隣の大黒殿も、来年からは小槌の続く程は打ち出し給へ。さもなくば紙屋川へ流します。」と大笑ひして、その後は酒になして、いづれも機嫌なれば、亭主も喜び、「これは珍しき年忘れ。」と、一つ呑む人、皆目の下戸までも、我をおぼえぬ程の酔ひの紛れに順の舞の芸尽くし。何を言ふにも前後知らず、千秋楽に草履履き替へ、羽織を残し、扇を落とし、礼儀無しに立ち帰る時は、七つの鐘撞き、鶏も鳴きて、亭主は宵よりの気あつかひ、皿箱枕にして臥しければ、女房戸鎖しを閉めて、常よりも用心して、下々を寝させて、心嬉しさのあまり男を起こし、「大かたに払ひ算用をして見給へ。」と、大帳、十露盤をあてがへば、あるじ目さまして、「この節季には、借銭乞ひどもめを秤で面くはすべし。殊に米屋の八右衛門は縁者の端なるに、外よりせはしく乞ひ立てし。さらりと済まして、年取るものから現銀にて脇で買へ。」と、諸事胸算用して棚より桝をおろせば、中に小判は無かりき。
夫婦、「これは。」と驚き、「裸金なれば、よもや鼠は曳くまじ。もしは神隠しか。」と恵比須棚を幾度か見るに、いよいよ無いに極まり、中々、初め今の悲しさ増さり、「とかくは我等が因果なるべし。盗みし人も恨むまじ。」と思ひ切れども口惜しく、「なまなか合力請けて、結句身の難儀となれり。世間の取り沙汰もいかがなれば、長らへて何の詮なし。いざ、子どもを刺し殺し、果てむ。」と言へば、女房も取り乱さず、「いかにも生きたる甲斐はなし。死に姿は人の見るぞ。」と嗜み、一つある白小袖に身をなし、さて鏡に向かひ、普段よりは髪頭うるはしく、男の鬢撫で付けて、「誠に十九年の馴染み、この曙の夢か。」と涙に目もくらみ、持仏堂に灯あげて、二人の子どもを静かに引き起こせば、「今日は餅花をする日か。」と言へば、又、弟は破魔弓の事、うつつにも忘れもやらず。
さりとは不憫に思はれし時、久しく召し使ひの女、この首尾を聞き付けて起き合はせ、仔細も聞かず泣き出だして、「御夫婦はともあれ、いまだわきまへも無き子達の命を取らせ給ふは、いかなる事ぞ。」と歎きて、「何とぞ御分別のあるべき所。この御二人は、私の手に懸けて育てます。」と大声あぐるにぞ、皆々起き騒ぎて、とかう言ふ間に夜も明けて、おのづから自害もとまりぬ。
この事、最前二、三人聞き付け、衆中へ知らせて、又十人寄り合ひ僉議するに、「何とも合点のゆかぬ事、これなり。」「合力する程のいづれもなれば、これを盗るべき事にあらず。」「と言うてから、この盗人は外になし。」「面々の身晴れに、神文、鉄火。」と言ふ人あり。中にも一分別ある人、「その分にては済まし難し。とかくは御前へ言上申し、御沙汰次第。」と相談極め、右の段々、書付を以て御訴訟。聞こし召し分けさせられ、「年内余日もなく、皆々渡世のさはりなるべし。正月二十五日に穿鑿すべし。その内、一人も他国仕るな。」と仰せ渡され、罷り帰りぬ。
春になりて、「右十人の者ども、妻召し連れて御前に出づべし。もし女の無き者は、姉妹に限らず、或いは姪、をばにても、女を一人同道申して出づべき」との上意。迷惑ながら御白洲に罷り出づれば、一、二の籤取りあつて番付を書き付け、大きなる唐太鼓に棒を通し、夫婦づつに差し担はせ、御館を離れ、遥か西に当たつて宮の松原を廻らせ、「これを、諸見物近く寄る事、堅く御法度なり。頼母子の金子見えざる過怠。」とて、一日に一組づつ、十日が間にこの事終はりぬ。洛中の万人見聞して、「これは格別なる御過怠。」と、いづれも不思議を立てける。
されば、この太鼓の中に発明なる小坊主を入れ置かれし事、誰か存じたる者なし。毎日、事御尋ねありしに、いづれも女は歎く中に、八日目にかたげ廻りし女房、すぐれて我が男を恨み、「金子合力しながら諸人に面を晒させ、かかる迷惑。これは何の因果ぞ。」と言ふ時、男ささやきて、「これは少しの内の難儀。生き金百両、只取る事が。」と申せし事、申し上ぐる。
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