鯛蛸鱸釣り目安
昔、都の町を、春は桜鯛、秋は紅葉鮒とて、魚売りの利発者、錦の棚に住みけるが、近年の売り掛け重なり、身代続かざる事を迷惑して、釣り目安を調へて、銀高ばかり書き付け、相手の名も無く「三十八所」として、御番所の御門に張り付け置きしに、役人衆これを取つて、御前へこの段申し上ぐれば、「表書の通り相違無きに於いては、相済まし申さるべし。」と御裏判出だされ、又門柱に張り付け置かれしに、則ちその夜に取りて帰り、それより十日ばかり過ぎてから、「御威光を以て、売り掛け残らず請け取り、有り難く存じ奉り候。」と添へ書して、御判を返進申し上げける。
諸役人、これを不思議に存じられ、御機嫌の時分、御尋ね申し上ぐれば、「この目安は、寺々への売り掛けなり。今時の世間寺、皆生臭{*1}坊主。」と御笑ひあそばされけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「醒(なまぐさ)き」。『本朝桜陰比事』(1993)本文及び注釈に従い改めた。
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