聾もここは聞き所

 昔、都の町外れ、北野の片蔭に、質酒両店の商売して俄分限の者あり。家栄ゆるに従ひ、召し使ひもあまたある中に、物縫ひに置きし女、風俗華奢に育ちしが、いつの頃よりか青梅を好み次第に、懐胎疑ひなし。内儀、吟味仕出して、「男はいかなるぞ。」と様々に問ひ給へども、色深く隠して申さぬ事を憎み、「とかく家の不作法者。」とて、そのまま暇出して、親の元へ帰されける。
 それより半年あまりも過ぎて、この亭主、目まひ心になつて打ち臥しけるを、皆々声立てて呼べど、はや息絶えて詮無し。いまだ一子も無くて、跡に残れる内儀、別して歎き深し。しかもこの人は、生国出羽の人にて、京には親類も無かりき。やうやう女房衆の一門集まりて、野辺に送る{*1}用意する時、かの物縫ひの女、乳呑み児を抱きて走り来り、「この跡取りは、この男子{*2}なり。旦那の御手懸けられて平産せし事、紛れ無し。この首尾、手代頭の何がしも、よく存じられし。」と、無常の中とも言はず喚く時、手代罷り出で、「こなたは夢にも知らぬ事。」と申せば、「この程も、旦那殿よりこの児の養ひ銀を持つて参らぬか。」と言ふ。「我等はそなたが親元さへ知らず。」と言へば、この女、手代にしがみ付き、「いかに束西弁へなき児なれども、おのれが親方筋なるに。内証知りながら今又知らぬとは、天の咎めもあるべし。」と、顔色変へて泣き懸かれば{*3}、白衣は脱げて烏帽子は落ちて、葬礼出で立ちの男を掴みさがし、死人押さへての難儀、歎きの中の訴訟事。
 右の段々、御前へ申し上げしに、手代を召され、「あの倅は、主人が子にてあるか。偽りなく申せ。」と御詮議の時、「旦那の儀ながら、内証の事は存ぜず候。あの女の親元、藤の森へ親方申し付けられ、毎月三十日に銀子五十目程づつ持ちて参り候より、外の仔細は存じ奉らず候。」と申し上ぐる。「何の儀も無く毎月銀子遣はす故{*4}なし。本妻穿鑿の時、主人の儀なれば名を隠して、我ばかりの科になりて里に帰るといふも、一通り聞こえたり。これは、死人が児にしてその名跡を継がせ、それが母は乳母分に成り、我が子ながら主あしらひして、これを守り育つべし。後家は、その子が母になつて、勝手次第に末々楽隠居仕るべし。金銀財宝は、一門、町中として毎年勘定聞き取らせ、手代に商売の儀相捌かせ、十五歳に罷り成る時、これを相渡すべし。万事は後家が心任せに仕るべし。その日、あの倅につき、疑はしき親など相知るるに於いては、何時にても後家申し出づべし。急ぎ死人を取り置け。」と仰せ付けさせられ、その子、跡取りの礼儀にして、野辺の送りを仕舞ひける。
 連れ合ひの別れ悲しき中にも、後家は下女が子の事疑ひけるは、「年月、二人が中に子の無き事を歎き、夫婦合点づくにて幾人か色よき手懸けを置かれしに、これらにも終に願ひの叶はざりし。幸ひかくある事を{*5}、隠し給ふ故なし。」と。これよりいよいよ心解けずして、いつとなく作り聾になつて、浮世を暇になして、仏棚の勤めばかりに月日を重ね、随分人の気の付かざるやうにし懸けて、程なくその年も暮れて、明くれば春の彼岸に当たり、亡き人の祥月とて、一家残らず檀那寺へ参り、香花を手向け{*6}、石塔に立ち寄り、皆々拝し奉る時、後家はひとしほ昔を思ひ出でて、袖行く水は暫し干難く、かの子が手を取りて、「我がとと様は、この石に成らせ給ふなり。よくよく水参らせよ。」とありし時、子が母親、心可笑しく、「本のとと様は、鼻の先に縦縞の羽織着て、いまだこの世に達者で御座るに。かな聾に何を言ふぞと言へ。」と、手代と顔を見合はせける。
 後家、これを聞き済まして宿に帰り、明けの日早く御前へ罷り出で、「私、財宝に{*7}さらさら望み御座なく候へども、筋なき者を家継ぎに仕候事{*8}、草葉の蔭なる連れ合ひの所存、かれこれ口惜しく存じ奉る」段々申し上ぐれば、倅が母、手代を召して、既に裁許になつて、「それなる女、何とて手代をその親とは申しけるぞ。今日石塔の前にて、確かに聞き届けての申し分。」と御尋ねなされし時、手代も女も口を揃へ、「これは何をか聞かれて、跡形も無き偽りを申し上げられ候。これは一門中の内談にて、私に難儀申し懸け、親類より跡継ぎを立て、金銀自由致すべき願ひと存じられ候。その仔細は、後家事、去年四、五月の頃よりふつうに耳聞こえず。幾薬か与へ、因幡と蛸薬師へ土器の千枚も懸け奉る甲斐も無く、諸事筆談申す事、家内、町中にもその隠れ御座なく候。耳が俄に聞こえ候か、御僉議。」と申し上ぐる。
 時に後家、打ち笑ひ、「いかにしても両人が心底、合点参らず。由なき罪を作り聾仕る。」と、去年よりの事ども、一つ一つ申し上ぐれば、手代も女も赤面して、とかうの返答も無かり。いよいよ手代が倅に紛れなき御詮議遂げられ、二人共に御仕置に仰せ出だされし時、後家、夫の孝養{*9}に、命の儀は願ひ奉る。手代が儀は御免ならず、女は御助け下され、五條の橋にて頭に摺り鉢をかづかせ、両の手に火吹竹、杓子を持たせ、下女に紛れなき形を致させ、主人に{*10}筋なき事を申し懸けし科人、三日晒されし。その倅は、女の親に下され、「末々出家になすべし。」と仰せ渡されけるとなり。

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校訂者注
 1:底本は、「野辺(のべ)にいたる」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「此(この)男(をとこ)なり。」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈に従い改めた。
 3:底本は、「あるべし、顔色(かほいろ)変(か)へて泣懸(なきかく)れば」。『本朝桜陰比事<翻刻>』(1996)本文及び頭注に従い改めた。
 4:底本は、「理(わけ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「事(こと)も」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「手向(たむ)き」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「財宝(ざいほう)さら(二字以上の繰り返し記号)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 8:底本は、「仕(す)る事(こと)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 9:底本は、「供養(くやう)」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈及び対訳文に従い改めた。
 10:底本は、「主人(しゆじん)條(すぢ)」。『本朝桜陰比事』(1993)本文及び注釈に従い改めた。