死人は目前の剣の山
昔、都の町に、その身一代、後世の事を忘れ、金銀の溜まるを喜び、家栄える時、この人、欲心より、銀子貸したる人に無理を申し懸けしに、相手も短き者にて、一つ二つ言ひ分の上に切り伏せ、我も即座に相果てける。
日頃の心入りを叱りて{*1}、「天命の尽き。」とて、沐浴するまでもなく、その形のまま棺桶に取り置き、千本の三つ鐘を聞けば、心細く煙になして帰りぬ。
その子は、親と格別、仏の道を願ひ、殊更この度の別れ、浮世と思ひ定め、末々は出家にも成りぬべき志。この母親は、当座に髪おろし、毎日香花を取つて、歎きに沈み、四十九日に当たる時、三十ばかりの旅僧来つて、その家名を尋ね、ひそかに内に入り、「越中の立山より、物をことづてられし。」と、死人の事をありありと語り、「この脇差をしるべに、我を弔ふべし。年月貯へし金銀、後の世のさはりとなれば、残らずこれを施すべし。今の悲しさ、以前の欲心、後悔なり。何とぞ仏縁の願ひなり。」と、さまざま哀れなる物語に、いづれも魂消ゆるばかりの思ひをなし、「とかく御出家様をここに引き留め、都の庵を取り立て、亡き人のために万日を申すべし。死人、願ひの如く、金銀、この度残さじ。」と親子の人、思ひ定め、旅僧、色々頼めば、ここにとどまる事、大方に合点して、「今日はまづ黒谷へ参詣。」と出で行きし後にて、この事、町衆聞き付け、「その脇差は、亭主最期の時、御前へ御目に懸けて、棺に入れて送りし物。再び返るは不思議なり。これをこのままは置かれじ。」と、この段、御前へ申し上ぐれば、御聞き届けあそばされ、「亭主相果てし後、下人下女によらず、暇取らせし者は無きか。」と御尋ねあそばしける。
「三十五日過ぎて、幸ひ世間の出代はり時に罷り成り、勝手も人少なに仕るべき覚悟。六尺一人、腰元使ひの女一人、暇を出し申し{*2}候。六尺は、奉公をとまり、則ち同町借宅仕り罷りあり候。又、下女は、親里、渋谷の者にて、これへ帰し候。」と申し上ぐれば、町の者に仰せ付けられ、「その坊主、大方この女の元にあるべし。これよりすぐに立ち越し、吟味致せ。」と仰せければ、案内知る人を先に立て、その宿に行けば、くだんの法師、衣脱ぎ捨て、近江鮒の焼き頭せしところを、女と共に捕らへて御前に出しける。
時に、この女を召され、「おのれ、この脇差は、早桶に入れしを、人の気のつかざる時、盗み隠し{*3}、その後、あの坊主と馴れ合ひ、妻子が歎くをよく知りて、かくは巧みて金銀大分取るべき心根。主人に悪名を与へる曲者。」と御詮議あそばすに、少しも違はず。二人共に御仕置にあひけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「知(し)りて」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「腰元役(こしもとやく)の女(をんな)一人(いちにん)暇(いとま)を出(いだ)し候、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
3:底本は、「隠(かく)して」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈及び対訳文に従い改めた。
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