京に隠れも無き女房去り
昔、都の町小川通りに車打ちとて、名取の糸屋あり。この店は、女を一つは飾りなれば、姿の華奢を好む中に、この主、別して色深く、一代に女房去る事、二十八、九人までは、世間の人も数へて笑ひ、これ程悪しき事も、後は言ひやみて、なほ又十日も尻をためず追ひ出せど、京の広き故、この男を知らず、嫁入りして来る女は尽きせざりき。されども、婬酒の二つに責め付けられ、あたら身を無分別に持ち崩して、この事を猶やめず。一夜の内に去り荷出せば、送り荷運び、後には仲人なしに祝儀を済ましぬ。これも尽くる時節あつて、次第に木乃伊の如く成り、終に眠れるやうに命終はりぬ。
この時の女房は、宵に縁組して、明けの日、後家に{*1}成りぬ。この死人に一子も無く、弟に賢からぬ者、同じ家にありけるが、町中、これに不憫を懸け、後家と一つにして跡を継がする内談せしに、後家がもがり者にて、中々、人の指図を合点せず。財宝少し分けて、追ひ出す思案して、「『万事は後家に譲るなり。我、最期の時にかく成るこそ、縁深きと言ふものなれ。』と、くれぐれの言ひ置き。」と、死人を証拠にして我がままを申せば、既に御前沙汰に成りぬ。
「弟に家を継がせ、後家には相応の心付けして送るべし。何か後家の家を継ぐべき仔細無し。」と仰せければ、この女、口賢く、「後家とは後の家と書き申し候へば、家を知るまじきものにも御座なく候{*2}。」と申し上ぐる。文字穿鑿まで女には利発者なり。「いまだ若盛りに、よもや後家立てかね申すべきと、その方が身のために、又縁付きの心得を申す事ぞ。大方の身持ちにて、女の後は立て難し。よくよく分別極め、重ねて出づべし。」と仰せ渡され、又裁許に出でし時、後家は墨染の衣を着て、殊勝顔に見えける。
「これは残り多い事。何のためにかくは成りけるぞ。」「後夫求める覚悟に御座無く、連れ合ひの菩提弔ひ申したく、姿を変へたる」段々、申し上ぐる。「出家とは家を出づると書けば、その家を追ひ出せ。」と仰せけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「後家なりぬ、」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈に従い改めた。
2:底本は、「書(か)き候へばしるまじきものにもござ候」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈に従い改めた。
コメント