悪事見え透く揃へ帷子

 昔、都の町に身代軽き者、生まれ付きよき娘を持てば、諸事を風流に育て、姿盛んに成る時、大名方の国女臈に遣はし、又は高家の宮仕へを致させける。
 ここに、姉ケ小路の針屋の一人子に、並びも無き美女あつて、さる御方へ御奉公に出づるより、月にも花にも眺めかへさせ給ひ、名を鴬と召されて、初春の色深く御気に入る事、大方ならず。世間の思はくも顧み給はず、御前様と言葉を直させ、女は氏無うて乗り物、その後は、この面影を見る事も成り難し。
 或る時、夕御膳据ゑ参らせて、あまた通ひ女、廊下を轟かし行くに、常よりは快く召し上げられて後、俄に御胸先痛みて御眼色うとく、惣身紫立ちて、御手足すくみ、息も絶え絶えに、湯水、雫も通りかね、露といふ命そのまま萎める朝顔の如く、「これは。」と惜しみ泣きに、女中取り乱して、医師に初めを語りけるに、「何をか上がりけるぞ。食ひ合はせには疑ひ無し。」まづ気付け与へしに、更にその甲斐無く、二時あまり悩ませ給ひ、浮世の限りと成り給へば、主人の御歎き浅からず。
 死骸片付け置きて、食物の御吟味ありしに、不断の湯取り飯、汁は鱸の白煮、膾にきすご、焼き物に一夜塩の鯛、錬り味噌に竹輪の蒲鉾、五香木の浸し物、さては当座漬けの香の物。この分に差し合ひは無かり。「いづれ不思議。」と一つ一つ改められしに、味噌の色の薄青き事を心元なく、手飼ひの猫にこれを与へさせて見させらるるに、暫しの内に狂ひ出で、四つ足立ちすくみて死ににける。
 「さては、毒薬の入るに紛れなし。」と台所を御詮議あつての後、「疑はしきは女房ども。」と思案巡らし給へども、いづれを指して沙汰も成り難く、発明なる御方にこの穿鑿を御頼みあそばされしに、「皆々女中の儀なれば、厳しくもならず。殊更罪なき者を難儀に合はせる事もいかがなり。ここは他の痛まざる事に、悪人顕はるる分別あり。」と、俄に生絹の帷子を女数ほど拵へて、一人一人にこれを着せ、以上十六人、同じ座敷に追ひ込み、「この度{*1}の科人、この内にあれば、明日残らず拷問する。」と申し渡し、灯し火消して、戸には外より錠をおろし、折節、夏の夜のくれ竹窓より飛び入る蚊の声、身を刺さるる苦しみ払ふべき団扇も無く、悲しげなる声して「これは、いかなる因果ぞ。」と泣くもあり、題目唱へ観音経読むもあり、故郷の事ども言ひ出して歎くもあり。憂きを構はず小唄歌ふもあれば、化け物の真似して人を脅し、この中にても大胆なる女房もあり。世の人心ほど様々に変はれるものは無し。
 既に夜も明けて、詮議の役人立ち合ひて、局頭の柳に尋ねて、年かさより女中の女を呼び出しにして姿を見るに、いづれも寝乱れ髪けうとき{*2}中に、絹帷子に少しも皺の寄らざる女一人あり。「それぞ。」と捕らへて恐ろしき{*3}御詮議あれば、女心の浅ましく、つひ白状して、「これは、この以前、御家にありし御手懸け、いかなるそねみや、この事を頼まれ、人の御命を取りける」段々申し上ぐれば、極めてこの同類、御仕置にあそばされ、その後、女の曲事知れたる仔細、御尋ねあそばされけるに{*4}、「身に覚えなきは、おのづから楽寝仕り、衣裳つき自堕落に成りぬ。又、己が身に気遣ひ{*5}あるが故、夜もすがら心安からず、少しも寝ざれば、すぐれて一人、帷子に皺の寄らざるを、吟味の種に仕り候。」と申し上げられけるとなり。

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校訂者注
 1:底本は、「一人(ひとり)こゝにこれを着(き)せ、以上(いぜう)十六人(にん)同一(おなじ)座敷(ざしき)追込(おひこ)み、此度(こんど)」。『本朝桜陰比事』(1993)本文及び注釈に従い改めた。
 2:底本は、「気疎(きうと)き」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「捕(とら)へて御詮議(ごせんぎ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「御訊(おんたづ)ねあそばしけるに、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「配慮(はいりよ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。