井戸は即ち末期の水
昔、都の町一條通りの西に、人家淋しき所あり。老いて世を渡りかねたる夫婦、子も持たざれば、行く末もの悲しく、今も知らぬ歳になつて、毎日伏見に通ひ、竹箒を買ひ求めて、洛中売り廻りて今日を暮らしけるが、これも次第に足弱車の身を憂しと思ひしに、世は案じまじき事なり、この住所の裏に、年久しき埋もれ井ありしが、覗けば岩檜葉と言へる草の茂り、築山好める人、これを所望して、そのついでに浮き藻掻きのけ、年々の泥を上ぐれば、俄に水湧き上がり、清げに冷やこく、「夏をしのぐためにはこれぞ。」と京中より聞きふれ、汲みに遣はし、「爺が清水」と言ひ習はし、後には水代にて世を楽々と渡りける。
その西隣りの家主、これを見合はせ、水筋に井戸を掘りけるに、これ又清水湧き出づれば、最前の井は水絶えて、老人夫婦の渡世のさはりとなつて、明け暮れこれを歎く事、大方ならず。隣の主を恨みしに、何とすべきやうもなく日を重ねけるに、隣の水を銭になせば、なほなほ野心{*1}に思ひ、「せめてこの水、人の汲まぬやうになすべし。」と悪心起こりて、赤熊をかづき、鬼の面を当て、叢竹の内よりほのかに顕はれ、曙に水汲む人に脅し懸くれば、これを見し人、語り伝へて、その後は水買ふ人、絶えたり。
主、不思議して、「定めて狐狸のわざならむ。」と、親類を語らひ、物蔭に立ち隠れ、様子を見届けしに、くだんの面影、又出でければ、とかう無しに叩き殺し、各々、手柄だてにて、夜明けてこれを見るに、正しく隣の親仁にて、後悔すれど帰らず。
妻はこれを歎き、「敵取りたき」願ひを申し上ぐれば、段々御聞き届けあそばされ、「これは、常に変はりたる形をして、しかも夜中に人の屋敷へ行く事、かれこれ以て落ち度。これは、殺され損たるべし。一方の家主も、世間を思はぬ{*2}大欲人。老いたる者の糧を奪ふ事、我が屋敷ながら、手を出さぬ盗人これなり。老人、水ゆゑ命を取られければ、その者の墓所を隣屋敷の内に築き込め{*3}、則ちその井戸を水向けにして、跡弔へ。」と仰せ付けられ、御意の通りに死人を取り置きぬれば、おのづからこの井戸もすたりけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「やらん」。『本朝桜陰比事<翻刻>』(1996)頭注に従い改めた。
2:底本は、「おはぬ」。『本朝桜陰比事<翻刻>』(1996)頭注に従い改めた。
3:底本は、「築込(つきこ)み、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
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