念仏売つてかねの声

 昔、都の町に、余宗交ぜずに一町残らず法華の宿札を出だして、明け暮れ題目を唱ふ音、耳かしましき中に、浄土宗ただ一人ありしが、大鉦打ち鳴らして懸け念仏申すを、法華の方よりこれを嫌ひ、さまざま勧めて、有り難き事ども聞かせけるに、中々思ひ付く志もなく、各々腹立して、「町内にこればかり置く事、家持ちなれば是非も無し。貸し家ならば置くまじきものを。」と、自由に成り難き事を悔み、いづれも内談して、「この者貧しければ、銀子取らせて同じ宗旨にせむ。」と、ひそかにこの段を聞かせければ、欲にて同心致せり。講中喜び、銀子三十枚集めてこれを遣はしければ、いよいよ珠数を切つて町並に成りける。折節、七月十三日、この祝ひに題目踊りを始めて、その者の門に人の山、さらなり。
 その後は、夫婦ながら御影講にも寺参りして、人々の法義喜びしが、明年の春になりて、彼岸の入りより又念仏を申し、叩き鉦に驚き、町中立ち合ひ、「これは、いかなる事ぞ。」と言へば、亭主、渋面作つて、「もはや題目嫌になつて、以前の念仏申し、弥陀を頼む。」と言ふ。「さても我がままなる申し分。とかく右の銀子を戻せ。」と言へば、「返すべき仔細無し。『法華に成らば、銀子合力申す。』との事なれば、約束の通り、一度は成りけれども、俄に嫌ひに成り、浄土願ふなり。死ぬるまでの手形は致さず。それがしが心のまま。」と、なほ責め念仏を申すところ、「憎し。」とて、この儀、御前に{*1}申し上ぐれば、両方召し出だされ、御聞きあそばされ、「無用の法華に勧め事。」と思し召され、「この銀子は返すべし、請け取るべし。されども、親代より今に浄土を法華になしければ、その間の勤め、怠るべし。右の念仏を勘定して、町中より申して返すべし{*2}。その後、銀子請け取り申すべし。」と仰せ付けられ、罷り立つて宿に帰り、色々内談致せども、町中、念仏申す事を迷惑致し、銀子損にして済ましけるとなり。

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校訂者注
 1:底本は、「御前(ごぜん)申上(まをしあ)ぐれば、」。『西鶴全集 第二』(1926)に従い改めた。
 2:底本は、「返(かへ)し、其後(そのゝち)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。