壺掘りて欲の入れ物
昔、都の町西の洞院の末に、三間口の売り家あり。同じ町内に、借屋住まひして年久しき、衣裳の上絵を描ける人、この家屋望みしが、されども一人しては調ひ難く、同職の人を語らひ、一間半づつ買ひ取り、その家に二人共に移りて、勝手の諸道具を直すに、今少し狭き事を悔み、殊更井戸のある所、両方の気に入らざれば、両人申し合はして、「三間の境目に掘るべし。」と、所を見立て、水筋を吟味して、宵より鵜の羽を撒き散らし置き、「その羽に朝露深く含む所を。必ず清水なり。」と、古人の伝へに任せて、所を改め澄まして{*1}掘り懸け、上土四尺ばかりも上ぐる時、鋤鍬の刃にさはるものあり。「何ぞ。」と見れば、古き壺の口を漆喰に詰めて、木札に印判ありありと見えて、年号は消えけるが、「辰の十月二日にこれを埋む。」とばかり見えたり。
井戸掘り、「これは。」と勇みて、「金子を掘り出しました。我等も大分お祝ひ賜はれ。こんな事には昔のためし御座る。」と、掘り上げもせぬ先より身勝手申せば、一方の亭主立ち覗き、「壺のある所、我等が方の地なれば、片付けて取るべし。」と言ふ。一方には、「この家、我等が申し出だして買ひければ、こなたへ取るべき物。」と、この論やむ事なし{*2}。
はや世間に沙汰して、「金掘り出しける。」と見物集まり、町の者ども立ち合ひ、「中々、下にては済まし難し。」と、右の次第を絵図に作りて、井戸にはあまた番を付け置き、町中、御前へ罷り出で、段々申し上ぐれば、御直に聞こし召し、「その家屋敷売つて退きし者は、茶の湯者では無かつたか。」と御尋ねありし時、年寄り罷り出で、「御意通り、隠れもなき茶の湯好きにて御座候が、これは、十四年以前に頓死致し、この跡、一人の孫請け取り、この度売り渡し、東国へ下り候。」と申し上ぐる。「その壺、別の事あるまじ。前の地主、埋み置きて、新しきを古べるためか、又は油気を抜く事なるべし。この壺、両人に取らすなり。随分大事に掘り出し、汝等が欲の入れ物にせよ。」と仰せ下され、皆々罷り帰りて、これを開けて見るに、中にも何もなかりけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「検(あらた)めずして」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈及び対訳文に従い改めた。
2:底本は、「無(な)く、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
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