妻に泣かする{*1}梢の鴬

 昔、都の町千本通りに俗姓歴々の浪人ありしが、武芸の外、音曲の名人。これ故、高家方に立ち入り、人の御機嫌取りて日を暮らしぬ。
 或る時、さる御所に、宵は松囃子あつて、すぐに泊まり、曙に大書院の梅垣を見渡しけるに、例年より花も春めきて咲き初め、鴬、殊更に囀る中に、三光ありありと声のあやぎれしたる鳥の、柳の枝に高う留まつて、日毎にここを去る事なし。この鴬を飼ひ鳥にあそばしたき由の御望みなれば、幸ひなる御物語申し上げしは、「私、別して仕る餌刺しの上手、西の京あたりに住む」由、申し上ぐれば、「それよ。」と仰せられしに、浪人、餌刺しの元に行きて、同道して御館に参り、梢の鴬を刺し留め、差し{*2}上げしに、早業の手づま。御褒美数々賜はりて、私宅へ帰りぬ。
 その次の日、かの{*3}浪人、餌刺しの宿へ昨日の首尾よろしき一礼に参りしに、女房、浪人に掴み付き、「我が夫はいづ方へ連れ行かせ給ひ、今に帰し給はぬ事ぞ。」と歎きぬ。この儀、何とも合点行かず、「成程、昨日の暮方に戻られし。」と言へど、中々この断りを聞き入れずして、亭主のあり所{*4}は、そなたならで知る人なし。是非に帰し給へ。」と大声上げて歎く時、隣近所の人、大勢立ち合ひ、おつとつてまづ浪人を疑ひ、「とかく宿を御同道なされ御出候事、紛れなく、それより今に帰られねば、内儀、こなたへ尋ねられしも、尤もに{*5}存じ候。」と、いづれも道理を責めて申せば、浪人も、この言ひ訳に迷惑して、是非なく昨日召し寄せられし御方まで言ひ聞かしても、女房、一円合点せず。
 既に御前へ申し上げしに、浪人を召し出され、色々御詮議あつて、「さて、昨日同道致したる方」を御尋ねあそばしけるに、大事節、武士気質を出だし、「私宅にて一日語り申し{*6}候。」と、別の事も無き事に、先様の御名を包みける。「最前又、町の者に申せし御方は。」と御尋ねあそばしけるに、「何とも先の儀は申さぬ」由。これに御疑ひ懸かり、「段々その方に落ち度あり。まつすぐに申さぬに於いては、その方、拷問して聞くが。」と仰せられし時、浪人、顔色変はつて、「さても是非なし。私の殺しまして御座る。」と申し上ぐる時、この一言に、女房は身を燃やし、「さてもさても情けなや。日頃別して語られし仲を、意恨にもせよ欲にもせよ、さりとては怨めしき浪人殿。」と歎く時、まづ女を静めさせられ、「その死人はいづ方にありけるぞ。」と御尋ねありしに、浪人、驚く気色なく、「そこは存ぜぬ。」と申し上ぐる。
 「しからば、殺したと言ふはいかに。」「言はねば拷問との御事。武士の責められては、末代までも口惜しく存じ候。」と申し上ぐる。「さては、この者は仕らぬ。」と聞こし召し分けさせられ、まづ浪人は、その所へ御預けなされ、大小まで御渡しあそばし、別條なく御帰しあつて後、「その餌刺しの行方尋ね、重ねて罷り出づべし。」と仰せられ、各々宿に帰り、手分けをして尋ね出だし、「存じの外なる竹田道に斬られて、死骸御座候。」と申し上ぐる。
 「さては、追ひ剥ぎのしわざなるべし。早々これを取り置くべし。さて又、女は馴染みの事なれば、ひとしほ歎く所、至極せり。さりながら、何とも穿鑿成り難し。この上は、思ひを晴らし、夫の亡き跡を弔ふべし。子も無きものと言へば、ひとしほ不憫に存ずるなり。所の者も、いよいよ目を懸け{*7}、渇命に及ばぬやうに仕り取らせ。」と、御慈悲なる仰せ付けられ。本人その外も涙をこぼし、有り難く存じ奉りぬ。「さて、明後十九日は、我等、志の命日なれば、その男の弔ひ料として、少しの金子を取らすべし。その女房の一門、又は別して者を、玄関まで取りに遣はすべし。」と仰せられ、「猶また忝き次第。」と、皆々御前を罷り立ちける。
 さて、十九日の早天に、歳の頃二十四、五の男、金子頂戴に罷り出でける。この段申し上ぐれば、その者を召され、「女のために何程の親類なるぞ。」と御尋ねあそばされしに、「只、亭主と懇ろ致し候よしみに、頼まれ申し候」由、申し上ぐれば、「おのれ、その分にて今日の使は物好きなり。」と、これより段々御詮議募り、女と密通顕はれ、かの男を内談にて斬り殺せし悪事極まりて、御仕置にあひけるとなり。

前頁  目次  次頁

校訂者注
 1:底本は、「泣(な)かすな」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「刺留(さしと)めさせ上(あ)げしに、」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈に従い改めた。
 3:底本は、「私宅(したく)帰(かへ)りぬ。其次(そのつぎ)の日、浪人(ろうにん)」。『本朝桜陰比事』(1993)本文及び注釈に従い改めた。
 4:底本は、「所在(ざいしよ)」。『本朝桜陰比事』(1993)本文及び注釈に従い改めた。
 5:底本は、「道理(どうり)に」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「語(かた)り候(さふらふ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「目(め)をかつめいに」。『本朝桜陰比事』(1993)本文及び注釈に従い改めた。