善悪二つの取り物

 昔、都の町に、車の音{*1}、玉鉾の道筋を狭めて、祇園祭の真似して、童集まり山の形を造りなせるに、守りも無い子に無用の刃物を持たせける。その中に七歳の童、遊び所を争ひ、九歳になる児を大小刀にして口を突き裂き、立つ所を去らず相果てける。
 死なせたる方の親の歎き、殺せし方の親の迷惑。一町の詮議にも、「いまだ智恵無き者の{*2}しわざ、とかくは堪忍し給へ。」と、さまざま扱ひしに、中々合点致さず。「是非に敵を取るべし。」と、人の言ふ事聞き入れず。殊に母親弁へ無く、御前へ駆け出づるを引き留め、「神主、出家衆を頼み、一代坊主に致し、その児の跡を弔はすべし。」と、二親を詫びても取り合へず、遂に御前に出でける。
 「いまだ七歳ならば、何の差別もあるまじき。」と仰せければ、「人を殺す程の存じ立ち、常々も外の倅とは格別。」と申し上ぐる。
 時に、からくり細工の人形、金子一両御出しあそばされ、「この二色を、明日、その童に取らして見るなり。金子を取れば、心あるによつて命を取るなり。人形を取れば、命を助くるなり。悪と善との大事、ここに極むるなり。いよいよ明日、連れて罷り出づべし。」と仰せ付けられ、いづれも罷り立ち、宿に帰り、一門、懇ろの衆中集まりて、御前で見しに変はらぬ人形を調へ、これを小判と並べ置き、「金子を取れば、命の果つる。」と{*3}脅し、夜中同じ事を百度も教へて、又その朝も言ひ聞かせて、両方御白洲に出でける。
 時に、くだんの二色を御出しあそばされ、「人形取れば助くる。小判取ると命を取るぞ。」と御意ある時、この童、立ち行き、小判を取れば、殺されし方の親類進みて、「かやうの不敵者。」と申し上ぐる。又、一方の一家は、只悲しくて、おぼえず声を立てて歎く。
 仰せ出だされしは、「さては、智恵無き倅に極まるなり。『命を取る。』と言ふに、構はず小判を取る所、偽り無し。命の外、大切のものありや。ここを以て助け置く。」と仰せ出だされけるとなり。

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校訂者注
 1:底本は、「車(くるま)の玉鉾(たまほこ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「無(な)きもるゝ」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「果(は)つるを嚇(おど)し、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。