桜にかづける御所染
昔、都の町に俄分限あり。商売してさへ利を得難き世の中に、これは女房の才覚にて、家名をば仲人屋と呼ばれて、年中洛中を聞き立て廻りしが、後には縁付く頃の息女は、母親、この宿に連れ来りて、歳の頃、その姿を見せ置き、敷銀、仕立てのあらましをもこの夫婦に語りぬ。又、男、身代相応の望みを頼み置きしに、両方共に聞き合はせ、あぢまやかに取り持ち、後にて不足言はぬやうに埒を明けぬれば、京中の町人の婚礼は、大方これに打ち任せて、面妖なる事、渡世と成りぬ。この礼銀は、聟の方より敷銀の高につもりて十分一を取りける。
折節は秋の末、通天の紅葉見の帰さに、大振袖の当世娘、さりとは御所かづきの着振り、十人並と言ふその上物なるを先に立て、お袋らしき人に、あまた下女も付き添ひ、かの仲人屋へ近付きならねど尋ね寄り、この娘の事を頼み、「歴々の方へ仕付けます事は、及び無し。やうやう銀二百枚、土産を付けます。先様に銀が入りませずば、皆衣装になりとも、それは勝手次第。かやうに内証申し置くからは、万事御指図に任すべし。さて娘事、ふつつかに生まれつき、中々、人の御息女の如く利発に無く、とても商人の方へは成り難し。近年田舎より上られ、親類の無い医者か、又は物に構はぬ道場坊へか、とかくは人あしらひせぬ所へ頼みます。」と言ふ。
「さて、お歳は幾つ。」と問ふ。「今年十八に成ります。」「さても律儀なかみ様かな。今時は、年を七つ八つばかりは隠しますに。せめて十六にして置きましよ。」と言へば、「後生こそ願ひませずとも、いかないかな、さやうの偽りは嫌で御座る。真つ直ぐに十八にして頼みます。先にも{*1}相性を見るものなり。長うも無い浮世に勿体ない事。只ありやうに言うて下され。あの娘、見え渡りましたる所には、卯の毛で突いたる程も仔細は無し。左の肩先に小さきほくろが二つ御座る。この外は{*2}身内に何の事も無し。」と、裸にしたやうに物語りして帰られける。
夫婦、これを聞きて、「今の世にも、あのやうなる娘の親もありけるよ。」と、この事を捨て置かず。しかも同行中に似合ひの事ありて、取り急ぎ言ひ入れける。「まづ女房がようて、銀が付けば、もろ仕合せこれなり。」と、既に吉日を定め、男の方へ乗り物舁き入れ、待ち女臈立ち向かひ、奥座敷に直し、さて蝋燭の光に透かして見れば、「正しく嫁君は片眼なり。」と通ひ女の言へるに驚き、仲人かか、綿帽子の下より覗けば、最前{*3}見たる娘とは変はり、歳も二つばかり老けたり。
「さては、妹を見せて、姉をかづけたり。我、数年この事に懸かり、一度も手を取らざりしに、これは油断して面目なし。ここは何とぞ分別{*4}あるべし。」と、一人身を燃やして腹立するを、聟の親、少しも騒がず。「あの方から人をたはけに仕懸けぬれば、この方にも幸ひ事あり。惣領は難病にて唖なれば、世間をやめさせ置きしが、これを出だして祝言さすべし。あの方からの片眼、この方からの唖、互に申し分なき縁組。」と、三三九度の盃事して済ましける。
この嫁、五日帰りして男の様子を語れば、両親、横手{*5}打つて、我が方に悪事の覚えあれば、沙汰なしに世上を見合はせ、娘を戻さず。右の荷物を取り返すに、聟の方には返さず。この事、言ひ分になりて、見苦し。時に仲人かか、娘の親どもを憎み、この段々、御訴訟申し上ぐる。
仔細を御聞き届けあそばされ、両方を召され、「この儀は、娘の親の悪心より、事起これり。男の方には、片輪なる者のある事、互の仕合せなり。とても縁者になる上は、右に見せたる妹娘と、又、聟も満足なる弟息子と、今一組祝言致させ申すべし。これ又、仲人仕れ。」との御意。有り難く御請けを申し、罷り立つ{*6}。
仲人、殊に喜び、「最前の姉御の祝言、夜中ゆゑ相違あれば、この度、妹御{*7}の縁組は、暗がりの請け取り無用。」と白昼の嫁入。京都の大笑ひに成りけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「先(さき)にて」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「此外(このほか)に」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
3:底本は、「仲人(なかうど)口鼻(くちはな)綿帽子(わたぼうし)の下(した)より覗(のぞ)けば、最前(さいぜん)の」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
4:底本は、「無分別(むふんべつ)」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈に従い改めた。
5:底本は、「横手(よこで)を」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
6:底本は、「罷立(まかりた)ち、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
7:底本は、「妹娘(いもとむすめ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
コメント