四つ五器重ねての御意

 昔、都の町に、餅搗き煤掃き、師走の空ものすごく、春の事ども取り急ぐに、丹波の奥山家より、常器の椀売りに来りしが、いまだ京の通りも不案内にして、まづ祇園の社に一荷をおろし、火灯しの絵馬など眺めし内に、又、里人らしき出で立ちにして、この有様を見済まし、かの荷物を盗み、かたげ退きぬ。
 椀売り、驚き、南の御門より雲をしるしに追ひ懸け行くに、やうやう八坂の塔の前にて捕らへ、「昼中に人の物を取り逃げ。」と声を懸くれば、盗人も同音にわめけば、所の人、大勢集まりながら、いづれを主とも沙汰し難し。両人どもの言ひ分に、確かに証拠も無し。「盗人は二人の中にあり。」と、遁さず取り廻し、御前へ罷り出でし。
 両人、同じ申し分なれば、あらまし御聞き届けあそばされ、一荷の椀を御白洲に蒔き散らさせ、「両人一度に立ち懸かつて、手ばしかく、これを重ねよ。」との御意。声を懸けて立ち合ひ、一人はやうやう四、五膳重ねける間に、一人は手に入り{*1}、重ね仕舞へば、これより盗人顕はれ、その身丸裸にあそばし、洛外に追ひ払はせ給ひ、この着類は椀売りに下されけるとなり。

前頁  目次  次頁

校訂者注
 1:底本は、「入(いれ)」。『本朝桜陰比事』(1993)注釈に従い改めた。