危なき物は筆の命毛
昔、都の町に、親は武士なりしが、大分金銀貯へて、奉公をやめて、末々まで町人の覚悟して、岩神のほとりに住みけるが、一子すぐれて美男にして、世の人の手わざ、一色にても学び残せる事なし。中にも能筆にて、指南、人のためともなれり。
親果てて後、身を我がままに持ちなし、昼夜遊女狂ひに乱れ、有る程は遺ひ捨て、諸道具までも売り果たし、それにもこの道をやめず。初中後、一人の太夫を七年が間買ひ続け、間夫の如く馴染み、遊女も年月の情けを忘れず、浅ましくなつても心を通はせける。
或る時、言ひ合はせ、この所を盗み出ださるる身の取り置き。折節五月闇、しかも雨降りて、鼻つまむも見えぬ夜に、悪事に雇はるる友達四、五人語らひ、女郎忍び出づるを早桶に抱へ入れて、白帷子打ち懸けて、まだ宵ながら担ひ出づるを、大門の番者、これを見ながら、「誰が身の上も皆あれぢや。いかなる人の婆やらむ。」と無常を観じける。
その夜に、「太夫が見えぬ。」と詮議して、門番に相尋ねしに、「今宵に限つて、始末なる揚屋に酒切らして取りに走ると、野送りが一つ出たよりは、鼠も出ませぬ。」と言ふ。「さては。」と廓中を吟味するに、この葬礼の出所無し。「この仕懸けにて盗み出でしに極まる。」と、付き付きの女ども穿鑿しても、知れ難し。文ども改めけるに、かねてその心得して、随分取り廻しけるに、因果は、畳の下に名書きの無き文一つあり。その中に、盗み出づべき内証ども書き続けたり。これを見合はするに、かの浪人が筆跡に疑ひ無し。
これを証拠に、名を指して御訴訟申し上ぐれば、その浪人を召され、「この文、その方の筆か。」と御尋ねありしに、「私の手にはあらず。」と申し上ぐる。「然らば、この文の通りに書くべし。」との御意に任せ、筆拍子得たれば、格別手筋を違へて書き上ぐる。時に仰せ出されしは、「この文に違ひたる所は、断り立つなり。前々取り遣り致せし、その方、名のある文と、只今書きたる文と相違ふに於いては、手を自由に書く故なり。」と、前方遣はしたる文ども取り寄せられ、御一覧あそばしけるに、三品に手振り違ひければ、右の書き写したる文を、又仰せ付けられ、この度は、文章ばかり御読ませあそばされ、書かせて御覧あるに、筆行きは違へて書き付け上ぐれども、文字の移り、墨継ぎ、少しも違はず。
これよりいよいよ御吟味に顕はれ、この浪人、曲事に極まる時、これに与したる友達ども、申し上げけるは{*1}、「この男、この女郎一人に七千両の金子を失ひ、身代潰したる」段々言上仕り、「右に、この女郎を二千両にて請け出す約束、この男仕り申し{*2}候へば、この金子、いづれも合力仕り、親方手前を貰ひ受けたき」御願ひを申し上げ、女郎屋へ金子を立て、相済みけるとなり。
校訂者注
1:底本は、「申上(まをしあ)げたるは、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「仕(つかまつり)候へば、」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
コメント