小指は高括りの覚え

 昔、都の両替町に、小判の買ひ置き、銭の相場、日に幾度か商ひ事有り。仲間は言ひ合はせて、万事を自由に仕懸け、少しの当座借りは、手形までも無く、覚え帳に記して、互に取り遣り致しぬ。
 或る時、人の手代、小判十両借りて、四、五日も返さぬ内に、貸し方の若い者、帳面消えぬを穿鑿し出し、十両取りに遣はしけるに、手前の帳を消し置き、「その明け{*1}の日、確かに返したる」由申せば、その日より後の勘定を仕立てけるに、いよいよ十両不足して、請け取らぬに極め、さまざま吟味し合ふに、是非知れ難く、「金子は僅かの事なれども、金商売の儀なれば、自今以後のため」とて、貸し手、借り手の若い者、両方の親方、これを召し連れ、段々書付を以て御前に罷り出でける。
 両方の申し分、御聞き届けあそばされ、借り方の手代。「おのれ、大事の金銀の取り捌きに、物覚えうとくして、成り難し。忘れし事を思ひ出だするため。」とて、左右の手の小指をこよりにて括り合はせ、これに封判して御帰し{*2}あそばしける。
 又、貸したる方の若い者。「油断よりの出入りなれば、この事の相済むまでは、起居にも門ありくにも、片手に二十五間の十露盤を持つべし。」と、軽い過怠を仰せ付けさせられ、宿に帰りぬ。
 小指括られし方の手代、初めより悪心あつて、かかる御詮議にあひて、その身の外、人にも迷惑を懸け、「この方、不念にて、十両の金子を返さぬ事を思ひ出したる」段、御訴訟申し上ぐれば、「只今合点行きて金子戻す上は、仔細無し。」と御免ありけるとなり。

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校訂者注
 1:底本は、「つけ置(お)き、其翌(そのよく)の日(ひ)」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「御帰(おかへ)り」。『本朝桜陰比事』(1993)に従い改めた。