長刀は昔の鞘
元朝に日蝕、六十九年以前にありて、また元禄五年みづのえ、さる程にこの曙珍し。暦は持統天皇四年に儀鳳暦より改まりて、日月の蝕を暦の証拠に、世の人、これを疑ふ事なし。
口より見尽くして、末一段の大晦日になりて、浄瑠璃、小唄の声も出ず、今日一日の暮せはしく、ことさら小家がちなる所は、喧嘩と洗濯と壁下地つづくると、何もかも一度に取りまぜて、「春の用意。」とて、いかな事、餅一つ、小鰯一匹もなし。世にある人と見比べて、浅ましく哀れなり。
この相貸家六、七軒、何として年を取る事ぞと思ひしに、みな質種の心当てあれば、少しも世を歎く風情なし。常住身の取り置き、家賃、その晦日切りに済ます、その外に、よろづの世帯道具、或いは米、味噌、焚き木、酢、醤油、塩、油までも、貸す人なければ、万事当座買ひにして朝夕を送れば、節季節季に帳下げて、案内なしに内へ{*1}入る者一人もなく、誰に恐れて詫び言をする方もなく、「楽しみは貧賤にあり。」と古人の詞、反古にならず。
書き出し請けて済まさぬは、世に紛れて住みける昼盗人に同じ。これを思ふに、人みな年中の高括りばかりして、毎月の胸算用せぬによつて、つば目の合はぬ事ぞかし。その日過ぎの身は、知れたる世帯なれば、小遣ひ帳一つ、つけるまでもない事なり。
さる程に、大晦日の暮方まで不断の体にて、「正月の事ども、何として埒明くる{*2}事ぞ。」と思ひしに、それぞれに質を置きける覚悟ありて身仕舞ひするこそ哀れなれ。
一軒からは、古き唐傘一本に綿繰一つ、茶釜一つ、かれこれ三色にて銀一匁借りて事済ましける。又その隣には、かかが不断帯、観世こよりにし替へて一筋、男の木綿頭巾一つ、蓋無しの小重箱一組、七つ半の筬一丁、五合升一合升二つ、湊焼の石皿五枚、釣御前に仏の道具添へて、取り集めて二十三色にて一匁六分借りて、年を取りける。
その東隣には舞々住みけるが、元日より大黒舞に商売を替へければ、五文の面、張貫の槌一つにて正月中は口過ぎすれば、「この烏帽子、直垂、大口は、いらぬ物。」とて、二匁七分の質に置きて、ゆるりと年を越しける。
その隣はむつかしき紙子浪人、武具、馬具、年久しく売り喰ひにして、小刀細工に馬の尾にてしかけたる鯛釣も、はやりやめば、今といふ今{*3}小尻さし詰まりて、一夜を越すべき才覚なく、似せ梨地の長刀の鞘を一つ、質屋へ持たして遣はしけるに、「こんな物が何の役に立つべし。」と、手に暫しも持たず投げ戻しければ、浪人の女房、そのまま気色を変へ、「人の大事の道具を何とて投げて損なひけるぞ。質に嫌ならば、嫌で済む事なり。その上、何の役に立たぬとは。ここが聞き所ぢや。それは、我らが親、石田治部少輔乱に並びなき手柄あそばしたる長刀なれども、男子なき故に私に譲り給はり、世にある時の嫁入りに、対の挟み箱の先へ持たせたるに、役に立たぬ物とは。先祖の恥。女にこそ生まれたれ、命は惜しまぬ。相手は亭主。」と取り付きて泣き出せば、主、迷惑して、さまざま詫びても聞かず。その内に近所の者集まりて、「あの連れ合ひ浪人はねだり者なれば、聞き付け来ぬ内に、これを扱へ。」と、いづれも亭主にささやき、銭三百と玄米三升にてやうやうに済ましける。
さても時世かな。この女も昔は千二百石取りたる人の息女、よろづを華奢にて暮らせし身なれども、今の貧につれて無理なる事に人をねだるとは、身に覚えて口惜し。これを見るにも、貧にては死なれぬものぞかし。すでに扱ひ済みて、三百、三升請け取り、「この玄米、取つて帰りて、明日の用に立たぬ。」と言へば、「幸ひこれに唐臼あり。」とて、貸して踏まして帰しける。これぞ世に言ふ「さはり三百」なるべし。
又、浪人の隣に、年頃三十七、八ばかりの女、親類とても、かかるべき子もなく、一人身なりしが、五、六年あとに男に離れたる由にて、髪を{*4}切り、紋無しの物は着れども、身の嗜みは目立たぬやうにして昔を捨てず、しかも姿もさもしからず。常住は奈良苧を慰みのやうにひねりて日を暮らせしが、はや極月初めに万事を手廻しよく仕舞ひて、割木も二、三月までの貯へ。肴掛けには二番の鰤一本、小鯛五枚、鱈二本。かん箸、塗り箸、紀伊国五器、鍋蓋までさらりと新しくし替へて、家主様へ目黒一本、娘御に絹緒の小雪踏、お内儀様へうね足袋一足、七軒の相貸家へ餅に午房一把づつ添へて、礼儀正しく年を取りける。人の知らぬ渡世、何をかして。内証の事は知らず。
その奥の相住みに二人の女ありしが、一人は年も若く、耳も目鼻も{*5}世の人に替はる事なくて、一生一人過ぎして悲しく、鏡見るたびに、我ながら横手打つて、「これでは人も合点せぬ筈。」と身の程を観じける。
また一人は、東海道関の地蔵に近き旅籠屋の出女せし時、木賃泊まりの抜け参りにつらく当たり、米など盗みし科にや、同じ世に報いて、米の乏しき鉢開き坊主となりて、顔を殊勝らしく作り、心の外の空念仏。思へば心の鬼、「狼に衣」ぞかし。精進の事は忘れて、「鰯の頭も信心から」とて、墨染の麻衣を着る故に、この十四、五年も仏のお蔭にて、毎朝修行に出しに、一町にて二ところづつの手の内、二十所を集めてやうやう一合あり。五十町かけ廻らねば、米五合は無し。道心も堅固になくては勤め難し。過ぎにし夏、霍乱を患ひて、せん方なく、衣を一匁八分の質に置きけるが、その後、請くる事成り難く、渡世の種の尽きける。人の後世信心に、変はる事は無きに、衣を着たる朝は米五合も貰はれ、衣無しには二合も勧進なし。殊に師走坊主とて、この月は忙しきに取り紛れ、親の命日も忘れ、くれねば是非もなく、銭八文にて年を越しける。
誠に、世の中の哀れを見る事、貧家のほとりの小質屋、心弱くてはならぬ事なり。脇から見るさへ悲しき事の数々なる年の暮にぞありける。
校訂者注
1:底本は、「うちに入る」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
2:底本は、「埒明るぞと」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
3:底本は、「今といふと」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
4:底本は、「髪の切、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
5:底本は、「目も鼻も」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
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