三 伊勢海老は春の紅葉
神の松、山草、昔より毎年飾りつけたる蓬莱に。伊勢海老なくては、ありつけたるもの一色にて、春の心ならず。その年によりて格別値段の高き事ありて、貧家、又は始末なる宿には、これを買はずに祝儀を済ましぬ。
この前も、橙の年切れして、一つを四、五分づつの売り買ひなれば、この替はりに九年母にて埒を明けける。これは大方、色形も似たり寄つたりの物なりしが、伊勢海老の名代に車海老、いかにしても借り着の如く、無い袖振る人は是非もなし。世間を張つて棟の高きうちには、それ程の風が当たつて、北しぶきの壁に莚菰も成り難し。渋墨の色付板包むなど、これらは奢りにあらず。分際相応に、人間、衣食住の三つの楽しみの外なし。家業は何にても、親のし似せたる事を替へて、利を得たるは稀なり。とかく老いたる人の指図を漏るる事なかれ。何ほど利発才覚にしても、若き人には三五の十八、ばらりと違ふ事、数々なり。
さる程に、大阪の大節季、よろづ宝の市ぞかし。「商ひ事が無い、無い。」と言ふは、六十年この方。何が売り余りて、すたる物なし。一つ求むればその身一代、子孫までも譲り伝へる挽臼さへ、日々年々に御影山も切り尽くすべし。まして蓮の葉物、五月の兜、正月の祝ひ道具は、わづか朔日、二日、三日坊主。寺から里への礼扇、これらは開けずにすたりて、世の費え構はず。人の気、江戸に続いて寛闊なる所なり。
「たとへ千貫すればとて、伊勢海老なしに蓬莱を飾り難し。」と、家々に調へければ、極月二十七、八日より、所々の魚の棚に買ひ上げて、唐物の如く次第にむつかしく、はや大晦日には、髭も塵もなかりけり。
浦の苫屋の紅葉を尋ね、「伊勢海老ないか、ないか。」と言ふ声ばかり。備後町の中程に永来といへる肴屋に只一つありしを、一匁五分より付け出し、四匁八分までに望めども、「中々。当年の切れ物。」とて売らざれば、使が計らひにも成り難く、急ぎ宿に帰りて海老の高き事を申せば、親父、渋面作りて、「我一代の内に、高い物買うたる事なし。薪は六月、綿は八月、米は新酒作らぬ前、奈良晒は毎年盆過ぎて買ひ置き、年中現銀にして、勝手のよき事ばかり。この以前、父親の相果てられし時、棺桶一つ、樽屋任せに買ひかづきて、今に心がかりなり。伊勢海老が無うて年の取られぬといふ事、あるまじ。一つ三文する年、二つ買うて算用を合はすべし。『無い物喰ふ。』と言ふ年徳の神は、御座らいでも苦しうない事。四匁が四分にても、海老は沙汰のない事。」と機嫌悪し。
されども内儀、息子と一つに成つて、「世間はともあれ、聟が初めて礼にわせて、伊勢海老なしの蓬莱が出さるるものか。何程にても、それを買へ。」と、重ねて人を遣はしければ、はや今橋筋の問屋の若い者買ひ取りて、尤も五匁八分に値段は定めたれども、「正月の祝ひの物、はしたがねは心にかかる。」と銭五百遣りて、海老取つて帰る。その後にて色々穿鑿すれども、絵に書かうも無かりき。これにつけても、この津の広き事、思ひ当たりし。
宿に帰りてこの事を語れば、内儀は後悔らしき顔つき。親仁はこれを笑うて、「その問屋、心もとなし。追つ付け分散にあふべきものなり。内証知らずしてさやうの問屋、銀を貸しかけたる人の夢見、悪かるべし。蓬莱に海老が無うて叶はずは、後のすたらぬ分別あり。」とて、細工人に誂へて、物の見事に紅絹にて張り抜きにして、二匁五分にて出来けり。
「正月の祝儀仕舞うて後、子どもが持ち遊びにもなるぞかし。人の智恵は、こんな事ぞ。四匁八分を二匁五分で埒を明け、しかも後の用に立つ事。」と、親仁、長談義を説かれしに、いづれも道理に詰まり、「これ程に身代持ち固めたる人の才覚は格別。」と耳を澄まして聞く所へ、この親仁の母親、裏に隠居して当年九十二なれども、目がよく足立ちて母屋へ来り、「聞けば、伊勢海老の高い穿鑿。今日までそれを買はずに置く事、さりとては気のつかぬ者どもよ。そんな事でこの世帯が持たるるものか。いつとても、年越しの春ある時は、海老が高いと心得よ。その子細は、伊勢の宮々、御師の宿々、或いは町中在々所々までも、この一国は神国なれば、日本の諸神を家々に祭るによつて、海老、何百万といふ限りも無う要る事なり。毎年京、大坂へ来るは、この神々に供へたる後の祭なり。
「この婆は、それを考へ、この月の中頃に、髭も継がずに生まれながらのを、四文づつにて二つ買うて置いた。」と出されしに、皆々横手を打ち、「御隠居には、一つで済みますものを。二つは奢つた事。」と申せば、「こちに当てどの無い事は致さぬ。定まつて、畑午房五把、太ければ三把くるる人がある。それ程の物を返す、そこへこの海老にて、一匁が牛房、四文がもので済ます合点ぢや。今に歳暮物持て来ぬが、ここの仕合せ。
「さりながら、いかに親子の仲でも、互の算用合ひは、きつとしたがよい。海老が欲しくば、五把持たして取りにおこしや。どの道にも牛房に替へる伊勢海老。いづれ祝ひの物に、『これが無うてもよいは。』と言うては置かれぬものぢや。欲心で言ふでは無けれども、惣じて五節句の取り遣り、先から来た物をよくよく値打ちして、それ程に見えて、少しづつ徳の行くやうにして返すものぢや。
「毎年太夫殿から、御祓箱に鰹節一連、はらや一箱、折本の暦、正真の青苔五把。かれこれ細かに値段付けて、二匁八分が物申し請けて、銀三匁御初穂上ぐれば、高で二分余りて、御伊勢様も損の行かぬやうに、この家三十年し来つたに、そちに世を渡してから銀一枚づつ上げらるる事、いかに神の信心なればとて、言はれざる事なり。太神宮にも、算用なしに物使ふ人、嬉しくは思し召さず。そのためしには、散銭さへ一貫といふを、六百の鳩の目を拵へ置き、宮巡りにも随分物のいらぬやうにあそばしける。」
さる程に、欲の世の中。百二十末社の中にも、銭の多きは恵比寿、大黒。多賀は「命神」。住吉の「船玉」。出雲は「仲人の神」。鏡の宮は「娘の顔を美しうなさるる神。」山王は「二十一人下々を使はさしやる神。」稲荷殿は「身代の尾が見えぬやうに守らつしやる神。」と、宮雀、声々に商ひ口を叩く。皆これ、さし当たつて耳寄りなる神なれば、これらには御初穂上げて、その外の神の前は、殊勝にて淋しき。神さへ銭儲け、只はならぬ世なれば、まして人間、油断する事なかれ。
伊勢より例年、諸国へ旦那廻りの祝儀状、大分の事なれば、能筆に手間賃にて書かせけるに、一通一文づつにて、大晦日から大晦日まで書き暮らして、同じ事に気を尽くし、年中に二百文取る日は、一日もなし。「神前長久民安全、御祈念のため。」口過ぎのためなり。
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