四 鼠の文づかひ
毎年媒払ひは極月十三日に定めて、旦那寺の笹竹を「祝ひ物」とて月の数十二本貰ひて、煤を払ひての後を、取葺屋根の押さへ竹に使ひ、枝は箒に結はせて、塵も埃も{*1}捨てぬ、随分細かなる人ありける。過ぎし年は、十三日に忙しく、大晦日に煤掃きて、年に一度の水風呂を焚かれしに、五月の粽のから、盆の蓮の葉までも段々に溜め置き、「湯の沸くに違ひはなし。」とて、細かな事に気をつけて、世の費え穿鑿、人に過ぎて、利発顔する男あり。
同じ屋敷の裏に、隠居建てて母親の住まれしが、この男産まれたる母なれば、その吝き事限りなし。塗り下駄片足なるを、水風呂の下へ焚く時、つくづく昔を思ひ出し、「誠にこの木履は、我十八の時、この家に嫁入りせし時、雑長持に入れて来て、それから雨にも雪にも履きて、歯のちびたるばかり、五十三年になりぬ。我一代は一足にて埒を明けんと思ひしに、惜しや、片足は野良犬めにくはへられ、はしたになりて、是非もなく今日煙になす事よ。」と、四、五度も繰り言を言ひて、その後、釜の中へ投げ捨てられ、今一つ何やら物思ひの風情して、涙をはらはらとこぼし、「世に月日のたつは夢ぢや。明日は、そのむかはりになるが、惜しい事をしました。」と、暫し歎きの止み難し。
折節、近所の医者、水風呂に入られしが、「まづ以てめでたき年の暮なれば、御歎きをやめさせ給へ。してそれは、元日にどなたの御死去なされた。」と尋ねられしに、「いかに愚痴なればとて、人の生死をこれ程に歎く事では御座らぬ。私の惜しむは、去年の元日に堺の妹が礼に参つて、年玉銀一包みくれしを、何程か嬉しく、恵方棚へ上げ置きしに、その夜盗まれました。そもや、勝手知らぬ者の盗る事では御座らぬ。その後、色々の願を諸神にかけますれども、その甲斐もなし。
「又、山伏に祈りを頼みましたれば、『この銀、七日の内に出ますれば、壇の上なる御幣が動き、御灯が次第に消えますが、大願の成就せししるし。」と言ひける。案の如く、祈り最中に御幣ゆるぎ出、灯し火幽かになりて消えける。『これは、神仏の事、末世ならず。有り難き御事。』と思ひ、御初穂百二十上げて、七日待てどもこの銀は出ず。
「さる人に語りければ、『それは、盗人におひといふものなり。今時は仕かけ山伏とて、さまざま護摩の壇にからくり致し、白紙人形に土佐踊りさすなど、この前、松田といふ放下師がしたる事なれども、皆人、賢過ぎて、結句、近き事にはまりぬ。その御幣の動き出るは、立て置きたる岩座に壺ありて、その中に泥鰌を生け置きける。珠数さらさらと押し揉んで、東方に、西方にと、独鈷、錫杖にて仏壇をあらけなく打てば、泥鰌がこれに驚き、上を下へと騒ぎ幣串に当たれば、暫く動きて、知らぬ目からは恐ろし。又、灯明は、台に砂時計を仕くはし、油を抜き取る事ぞ。』と。この物語を聞くから、いよいよ損の上の損を致した。我、この年まで銭一文落とさず{*2}暮らせしに、今年の大晦日は、この銀の見えぬ故、胸算用違ひて、心がかりの正月を致せば、よろづの事面白からず。」と、世の外聞も構はず、大声上げて泣かれければ、家内の者ども興をさまし、「我々、疑はるる事の迷惑。」と、心々に諸神に祈誓をかけける。
大方、煤も掃き仕舞ひて、屋根裏まで改めける時、棟木の間より杉原紙の一包みを探し出し、よくよく見れば、隠居の尋ねらるる年玉銀に紛れなし。「人の盗まぬ物は出まするぞ。さる程に憎い鼠め。」と言へば、お婆、中々合点せられず。
「これ程遠ありき致す鼠を見た事なし。頭の黒い鼠のわざ。これからは油断のならぬ事。」と、畳叩きてわめかれければ、医師、水風呂より上がり、「かかる事には、古代にもためしあり。人皇三十七代孝徳天皇の御時、大化元年十二月晦日に、大和の国岡本の都を難波長柄の豊崎に移させ給へば、和州の鼠も連れて宿替しけるに、それぞれの世帯道具をば運ぶこそ可笑しけれ。穴をくろめし古綿、鳶に隠るる紙衾、猫の見付けぬ守り袋、鼬の道切る尖り杭、桝落としのかい詰め、油火を消す板切れ、鰹節引くてこ枕、その外、嫁入りの時の熨斗、ごまめの頭、熊野参りの小米苞まで、二日路ある所をくはへて運びければ、まして隠居と母屋、わづかの所。引くまじき事にあらず。」と、年代記を引いて申せど、中々同心致されず。
「口賢くは仰せらるれども、目前に見ぬ事は誠にならぬ。」と申されければ、何ともせん方なく、やうやう案じ出し、長崎水右衛門が仕入れたる鼠使ひの藤兵衛を雇ひに遣はし、「只今あの鼠が、人の言ふ事を聞き入れて、さまざまの芸尽くし。若い衆に頼まれ、恋の文づかひ。」と言へば、封じたる文くはへて、後先を見廻し、人の袖口より文を入れける。又、銭一文投げて、「これで餅買うて来い。」と言へば、銭を置いて餅くはへて戻る。
「何と何と。我を折り給へ。」と言へば、「これを見れば、鼠も包みがねを引くまじきものにあらず。さては、疑ひ晴れました。さりながら、かかる盗み心のある鼠を宿しられたる不祥に、まん丸一年、この銀をあそばして置きたる利銀を、きつと母屋から済まし給へ。」と言ひがかり、一割半の算用にして、十二月晦日の夜請け取り、「本の正月をする。」とて、この婆、一人寝をせられける。
校訂者注
1:底本は、「ほこりすてぬ」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
2:底本は、「落さずにくらせしに、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
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