二 嘘も只は聞かぬ宿

 万人共に月代剃つて髪結うて、衣裳着替へて出た所は、皆正月の景色ぞかし。人こそ知らね、年の取りやうこそ様々なれ。
 内証の、とても埒の明かざる人は、買ひがかり、万事一軒へも払はぬ胸算用を極め、大晦日の朝飯過ぎると否や、羽織脇差差して、機嫌の悪い内儀に、「ものには堪忍といふ事がある。少し手前取り直したらば、駕籠に乗せる時節も又あるものぞ。夕の鴨の残りを酒煎りにして喰やれ。掛けどもを集めて来たらば、まづそなたの宝引き銭一貫のけて置いて、あり次第に払うて、ない所はままにして、掛乞ひの顔を見ぬやうに、こちら向きて寝て居やれ。」と口早に言ひ捨てて出て行く。商人、何として身代続くべし。一日一日物の足らぬ拵へ、己も合点ながら、俄に分別もなり難し。こんな者の女房になる事、世の因果にて、子を持たぬ内に年を寄らしける。
 一銭も大事の日、鼻紙入れに一歩二つ三つ、豆板三十目ばかりも入れて、かかりのない茶屋に行きて、「ここにはまだ、え仕舞はぬかして、取り乱したる書き出し、千束の如し。これ皆一つにしてから、高で二貫目か三貫目。人の家には、それぞれの物入り。我らが所は、呉服屋へばかり六貫五百目。物好き過ぎたる奥様に迷惑致す。さらりと暇あけて、この入り目を女郎狂ひに致すで御座る。
 「さりながら、去られぬ事は、三月から御腹にありて、日もあるに今朝から気がつきて、今日生まるるとて、生まれぬ先の襁褓定め。乳母を連れて来るやら、三人四人の取り上げ婆。旦那山伏が来て、変生男子の行ひ。千代の腹帯、子安貝。左の手に握るといふ海馬を才覚するやら、不断医者は次の間に鍋を仕かけ、早め薬の用意。何に要る事ぢややら、松茸の石突きまで取り寄せて、姑が来て世話を焼く。さてもさてもやかましい事かな。されども、『こなたは内に御座らぬもの。』と言ふを幸ひに、ふらふらとここへ御見舞ひ申した。
 「我らが身代知らぬ人は、もしは借銭乞はれて出違ふかと思ふもあれば、気味が悪い。この島中に一銭も差し引き無しの男。殊に現銀にて子のできるまでの宿を貸し給ふか。ここの肴掛けの鰤が小さくて、我ら気にいらぬ。早々買ひ給へ。」と一角投げ出せば、「これは嬉しや。亭主に隠しまして、欲しき帯よ帯よ。」と笑ひ、「この年の暮には、心よき御客の御出。来年中の仕合せ{*1}は知れた事。さて台所は、余り洒落過ぎました。ちと奥へ。」と申す。「馳走も常に替はりて数寄。合点か。」と言ふ。樽の酒の燗するも可笑し。その後、かかは畳占置きて、「三度まで致して同じ事。御男子様に極まりました。」と、かかが推量と客の跡形もなき嘘と一つになりける。
 遊び所の気散じは、大晦日の色三味線、誰憚らぬ投げ節。歎きながらも月日を送り、今日一日に長い事。心に物思ふ故なり。常は暮るるを惜しみしに、格別の事ぞかし。女は勤めとて、心を春の如くにして、可笑しうないを笑ひ顔して、「一つ一つ行く年の悲しや。この前は、正月の来るを、羽つく事に嬉しかりしに、早十九になりける。追つ付け脇塞ぎて、かかと言はるべし。振袖の名残も今年ばかり。」と言ふ。この客、悪い事には覚え強く、「汝、この前、花屋に居し時は、丸袖にて勤め、京で十九と言うた事、大方二十年に{*2}余る。穿鑿すれば、三十九の振袖。浮世に何か名残あるべし。小作りに生まれ付きたる徳。」と、頭押さへて昔を語れば、この女、「許し給へ。」と手を合はせ、気の詰まる年穿鑿やめて、打ち解けて夢結ぶ内に、この女の母親らしき者の来て、ひそかに呼び出し、一つ二つ物言ひしが、「何の事はない。これが顔の見納め。十四、五匁{*3}の事に身を投げる。」と言ふ。
 この女、涙ぐみて、今まで上に着たる郡内縞の小袖を風呂敷包みに、手廻し早くして親に渡す有様、いかにしても見かねて、また一角取らせて戻し、心面白う声高に物言ふを聞き付け、若衆の草履取りめきたる者二人、付け込みて、「旦那、これに御座ります。御宿へ今朝から四、五度も参れど、御留守は是非なし。御目にかかるこそ幸ひ。」と、何やら詰め開きして後、銀あり次第、羽織、脇差、着る物一つ預かり、「あとは正月五日までに。」と言ひ捨てて帰る。このお客、首尾悪しく、「人に言ひ掛けられて合力せねばならず。とかく節季に出ありくが悪い。」と、これにも分別顔して、夜の明け方にここを帰る。
 「たはけと言ふは、少し脈がある人の事。」と、笑うて果たしける。

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校訂者注
 1:底本は、「御客の御出来、年中の仕出は」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 2:底本は、「二十年あまる、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 3:底本は、「十四匁」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。