三 尤も始末の異見

 所務分けの大法は、例へば千貫目の身代なれば、総領に四百貫目、居宅に付けて渡し、二男に三百貫目、外に家産敷を調へ譲り、三男は百貫目付け、他家へ養子に遣はし、もし又娘あ
れば、三十貫目の敷銀に、二十貫目の諸道具拵へて、我が相応より軽き縁組良し。昔は四十貫目が仕入れして、十貫目の敷銀せしが、当代は銀を呼ぶ人心なれば、塗り長持に丁銀、雑長持に銭を入れて送るべし。
 少し娘子は、蝋燭の火にては見せにくい顔にても、三十貫目が花に咲きて、「花嫁様。」ともてはやし、「何が手前者の子にて、小さい時から旨い物ばかりで育てられ、頬先の握り出したる丸顔も見よし。又、額のひよつと出たも、かづきの着ぶりがよいものなり。鼻の穴の広きは、息づかひのせはしき事なし。髪の少なきは夏涼しく、腰の太きは打ち掛け小袖を不断召せば、これもよし。爪はづれの逞しきは、取り上げ婆が首筋へ取りつくためによし。」と、十難を一つ一つよしなに言ひ成し、「ここが大事の胸算用。三十貫目の銀を、慥かに六にして頂けて、毎月百八十目づつ収まれば、これで四人の口過ぎはゆるり。内儀に腰元、仲居、女物師を添へて、我が物喰ひながら人の機嫌を取る嫁子。微塵も心に如才も欲もなき御留守人。美しきが見たくば、その色里に、それに{*1}ばかり拵へて、夜でも夜中でも御座りませい。それはそれは面白うて、起き別るると七十一匁のかねの声{*2}。これはこれは面白からず。
 「つらつらおもんみるに、揚屋の酒、小盃に一盃四分づつに積もり、若衆宿の奈良茶、一盃八分づつに当たると言へり。これを気を付けて見れば、格別高いものながら、これ『土鍋の一倍{*3}。』とて、何のやうなし。義理も欠きて、恋もやめて、喰ひ逃げ大尽にあふ事多し。さながら、それとて乞ひ難く、その客、死に分にして、さらりと帳を消し置きて、『おのれ、後の世に餓鬼となり、料理好みして喰うた煎り鳥も杉焼も、くわつくわつと燃え上がりて目に恐ろしく、飯代済まさぬ事、思ひ知るべし。』と、亭主は火箸にて火鉢叩きて恨みける有様、飛騨嶋の羽織貰うた時の顔つきに引き替へて恐ろし。
 「惣じて遊興も、よい程にやむべし。仕舞ひの見事なるは稀なり。これを思へば、面白からずとも堪忍をして、我がうちの心安く、夜食は冷飯に湯豆腐干肴有り合ひに、借家の親仁に板倉殿の瓢箪公事の咄をさせ、断りなしに高枕して、腰元に足の指を引かせ、茶は寝ながら内儀に持たせ置きて、手も出さずに飲みけれども、面々の竃将軍、このうちに続く強者なければ、誰か外より咎むる人なく、楽しみはこれで済む事なり。
 「『旦那、うちに居らるる。』とて、表の若い者どもも、八坂へ出かくる無分別をやめ、又、御池あたりの奉公人宿へ忍びの約束も、おのづからとまりて、只は居られず、江戸状どもをさらへ、失念したる事どもを見出し、主人の徳の行く事あり。すたる反古、こよりに捻る丁稚は、又内方へ聞こゆるほど手本読みて、手習ひするは、その身の徳なり。宵寝の久七も、鰤包みたる菰を解きて銭さしを綯へば、竹は、『朝手廻し悪しき。』とて蕪菜揃へける。御物師は、日野絹のふしを一日仕事ほど取りける。猫さへ眼三寸俎板を見抜き、肴掛けごとりとしても、声を出して守りける。
 「旦那一人、宿に居らるる徳、一夜にさへ何程か。まして年中に積もりては、大分の事ぞかし。少し御内儀、気にいらぬ所あらうとも、そこを了簡し給ひて、『分け里は皆嘘。』とさへ思へばやむもの。ここ見つくる若世の治まる所。」と、京都のものに馴れたる仲人口にて、節季の果てに長物語。耳の役に聞きても悪しからぬ事なり。
 さる程に、今時の女、見るを見真似によき色姿に風俗を写しける。都の呉服棚の奥様と言はるる程の人、皆遊女に取り違へる仕出しなり。又、手代上がりの内儀は、おしなべて風呂屋者に生き写し。それより横町の仕立て物屋、縫ひ箔屋の女房は、そのまま茶屋者の風儀にて、それぞれに身代ほどの色を作りて可笑し。
 詮議して見るに、傾城と地女に、別に変はつた事もなけれども、第一、気が鈍で、物がくどうて卑しい所があつて、文の書きやうが違うて、酒の呑みぶりが下手で、歌唄ふ事がならいで、衣装つきが取り広げて、立ち居が危なうて、道中が腰がふらふらとして、床で味噌塩の事を言ひ出して、始末で鼻紙一枚づつ使うて、伽羅は飲み薬と覚えて、よろづに気の詰まるばかり。「髪頭は大方似たもの。」と言へば、同じ事に言ふも愚かなり。
 女郎狂ひする程の者に、うときは一人もなし。その賢き奴が、この儲け難い金銀を、乞ひ詰めらるる借銀、目安付けられし預かり銀の方へは済まさずして、大分物入りの正月を請け合ひ、万事の入用を、はや師走十三日に、「事初め。」とて遣はしける。よくよく面白ければこそなれ。ここは分別の外ぞかし。
 烏丸通り歴々の兄弟に、有り銀五百貫目づつ譲り渡されけるに、弟は次第に仕出し、「程なく二千貫目。」と一門の内から指す程なるに、兄は譲り請けて四年目の大晦日に、「天道は人を殺し給はず。今宵月夜ならば、昔を思ひ出して、これが売りに歩かるるものか。闇で手管が成る事。」と、紙子頭巾深々とかぶり、山椒の粉、胡椒の粉を売り廻りて、悲しき年を取り、心うかうかと丹波口まで行く内に、夜は明け方になりぬ。世にある時の朝込み、思ひ出してぞ帰りし。

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校訂者注
 1:底本は、「そればかり」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 2:底本は、「かね声」。『近代日本文学大系 第3巻』(1927)に従い改めた。
 3:底本は、「一盃」。底本頭注「諺。一盃は一倍の誤。」とあるのに従い改めた。