四 門柱も皆かりの世

 惣じて、ものに馴れてはもの怖ぢをせぬものぞかし。
 都の遊び所島原の入口を、小唄に歌ふ朱雀の細道といふ野辺なり。秋の田の稔る折節、諸鳥を脅すために案山子を拵へ、古き編笠を着せ、竹杖をつかせ置きしに、鳶烏も不断焼印の大編笠を見付けて、「これも供なしの大尽。」と思ひ、少しも驚かず。後は、笠の上にもとまり、案山子を粋ごかしに合はせける。
 されば、世の中に借銭乞ひに出会ふ程、恐ろしきものは又もなきに、数年負ひつけたる者は、大晦日にも出違はず。「昔が今に、借銭にて首切られたるためしもなし。あるもの遣らで置くではなし、遣りたけれども、ないものはなし。思ふままなら、今の間に銀のなる木を欲しや。さても、蒔かぬ種は、はえぬものかな。」と、庭木の片隅の日の当たる所に、古筵を敷き、包丁、まな箸の、切り刃を研ぎ付けて、「折角、錆落としてから、小鰯一疋切る事にはあらねども、人の気は知れぬもの。今にも俄に腹の立つ事が出来て、自害する用にも立つ事もあるべし。我、年積もつて五十六、命の惜しき事は無きに、中京の分限者の腹脹れどもが、因果と若死しけるに、我らが買ひがかり、さらりと済ましてくれるならば、氏神稲荷大明神も照覧あれ。偽りなしに腹かき切つて、身替はりに立つ。」と、そのまま狐憑きの眼して、包丁取り廻す所へ、唐丸、嘴鳴らして来る。
 「おのれ、死出の門出に。」と細首打ち落とせば、これを見て掛け乞ひども、肝を潰し、「無分別者に言葉質取られては、むつかし。」と、一人一人帰りさまに、茶釜の先に立ちながら、「あんな気の短い男に添はしやるお内儀が、縁とは申しながら、いとしい事ぢや。」と、各々言ひ捨てて帰りける。これ、ある手ながら、手の悪い節季仕舞ひなり。何の詫び言もせずに、さらりと埒を明けける。
 その掛け乞ひの中に、堀川の材木屋の小者、いまだ十八、九の角前髪、しかも弱々として、女のやうなる生まれ付きにて、心の強き所ある若い者なりしが、亭主が脅し仕かけの内は、構はず竹縁に腰掛けて、袂より珠数取り出して、一粒づつ繰りて、口の中にて称名唱へて居しが、人もなく、事静まつて後、「さて、狂言は果てたさうに御座る。私方の請け取つて帰りましよ。」と申せば、「男盛りの者どもさへ了簡して帰るに、おのれ一人あとに残り、物を子細らしく、人のする事を狂言とは。」「この忙しき中に、無用の死にてんがうと存じた。」「その詮議、いらぬ事。」「とかく、取らねば帰らぬ。」「何を。」「銀子を。」「何者が取る。」「何者取るが、我らが得物。
 「傍輩あまたの中に、人の手に余つて取り難い掛けばかりを二十七軒、私、請け取り、この帳面、見給へ。二十六軒取り済まして、ここばかり取らでは帰らぬ所。この銀済まぬ内は、内普請なされた材木は、こちの物。さらば取つて帰らん。」と、門口の柱から大槌にて打ち外せば、亭主駆け出で、「堪忍ならぬ。」と言ふ。「これこれ、そなたのもがり、今時は古し。当流が合点参らぬさうな。この柱外して取るが、当世の掛けの乞ひやう。」と、少しも驚く気色なければ、亭主、何ともならず、詫び言して、残らず代銀済ましぬ。
 「銀子請け取つて申し分はなけれども、いかにしても、こなたの横に出やうが古い。随分物にかかり者が、それでは御座らぬ。お内儀によくよく言ひ含めて、大晦日の昼時分から夫婦いさかひ仕出し、御内儀は、着る物を着替へ、『この家を出て行くまいでは御座らぬ。出て行くからは、人死にが二、三人もあるが、合点か。大事ぢやぞ、そこな人。是非去ねか。去なずに。去んで見しよ。」と言はるる時、「何とぞ借銀も為して{*1}、後々にて人にも言ひ出さるるやうに。人は一代、名は末代、是非もない事。今月今日、百年日。さてさて、口惜しい事かな。』と、何でも要らぬ反古を、大事の物のやうな顔つきして、一枚一枚引き裂いて捨つるを見ては、いかなる掛け乞ひも、暫しは居ぬもので御座る。」と言へば、「今までこの手は出しませなんだ。御蔭によつて、来年の大晦日は女房ども、これで済ます事ぢや。さてもさても、こなたは若いが、思案は一越し越した年の暮。互の身祝ひなれば。」とて、最前の鶏の毛を引きて、これを吸ひ物にして、酒盛りて帰して後、「来年の事までもなし。毎年、夜更けてから、難しい掛け乞ひども来るぞ。」とて、俄にいさかひを拵へ置き、よろづの事を済ましける。
 誰が{*2}言ふともなく、後には「大宮通りの喧嘩屋。」とぞ言へり。

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校訂者注
 1:底本は、「なしで、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 2:底本は、「誰いふ」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。