一 都の顔見世芝居
今日の三番叟、「所繁昌。」と舞ひ納め、天下の町人なれば、京の人心、何ぞといふ時は大気なる事、これ誠なり。これ、常に胸算用して、随分始末のよき故ぞかし。
過ぎし秋、京都に於いて加賀の金春、勧進能を仕りけるに、四日の桟敷、一軒を銀十枚づつと定めしに、皆借り切つて空きどなく、しかも能より前に銀子渡しける。「この度、大事ある関寺小町する。」と言へば、「これ、一番の見物。」と諸人勇みて鼻笛を吹きけるに、鼓に障る事ありて、関寺の能組変はりぬ。それさへ木戸口は夜の内に、見る人、山の如し。
中にも江戸の者、我一人見るために、銀十枚の桟敷を二軒取りて、猩々皮の敷物。道具置きの棚を吊らせ、腰屏風、枕箱。その後ろに料理の間。様々の魚鳥、髭籠に折節の水菓子。次の{*1}桟敷に風炉釜を仕かけ、割蓋の杉手桶に「宇治橋」「音羽川」と書付して並べ、医者、呉服屋、儒者、唐物屋、連歌師など入りまじり、その後ろの方には島原の揚屋、四條の子供宿、都に知れたる末社、按摩取り、兵法使ひの浪人まで控へたり。
桟敷の下は供駕籠、仮湯殿、仮雪隠。何にても不自由なる事一つもなきやうに拵へ、栄花なる見物。この心は何となく豊かなり。この人、大名の子にもあらず、只金銀にてかく成る事{*2}なれば、何につけても銀儲けして、心任せの慰みすべし。かかる人は、あとの減らぬ分別しての楽しみ深し。身代さもなき人、霜先の金銀、あだに遣ふ事なかれ。
九月の節句過ぎより大暮までは、遠い事のやうに思ひ、万人渡世に油断をする事ぞかし。十月初めより日和定め難く、時雨、凩の激しく、人の気もこれにつれて、おのづから騒々しく、諸事を「春の事。」とて延ばし、当分の賄ひばかりに暮れければ、華奢商ひ、諸職人の細工も、思案替はりてやめける。次第に朝霜、夕風、人皆冬籠りの炬燵に宵寝して、それぞれの家業、外に成り行き、さし詰まりて迷惑する事なり。その後、法華寺{*3}の御影供、浄土宗の十夜談義、東福寺の開山忌参り、一向宗の御取越し、又は亥の子の祝儀に夜の遊び。
稲荷の御火焼の頃、河原の役者入り替はりて、顔見世芝居の時分は、同じ人また珍しく、見る人も又浮き立ち、「今日はその座元。明日はこの太夫元。その次は、誰が座に大坂の若衆方が出る、」など沙汰して、水茶屋よりかねて桟敷取らせ、内証より近付きの芸者に花を取らせ、「旦那、御出。」と言はるるまでの外聞に、無用の気を張りける。提げ重酒が取りのぼして、我が宿へはすぐに帰らず、石垣町の二階座敷に{*4}切り狂言の踊りを移し、王城の辰巳上がりなる声して、叡山へも響き渡る程の騒ぎ。京に人も見知る程の者にして、「あれは{*5}誰様の呉服所。」「どなたの掛屋。」など言ふさへ、悪所の騒ぎは奢りらしく見えける。ましてや、はした銀の商売人、たとへ気延ばしに芝居見るとも、隣に煙草呑まぬ所を見済まし、円座借りて見て、役者、若衆の名覚えぬものか。
与次兵衛が顔見世の初日に、左方の二軒目の桟敷に、勘当切らるる事など構はぬ顔つきの若い者、五、六人も風俗作り、芸子に目を使はせ、下なる見物にけなりがらせける。この若い者ども見知れる人ありて、評判するを聞けば、「内証知らぬ事。皆川西の奴らなり。中京の衆と同じ事に、大きな顔が可笑しい。知らぬ人は、『歴々か。』と思ふべし。
「黒い羽織の男は、米屋へ入り縁して、欲ゆゑの老女房、年の十四、五も違ふべし。母親には二斗入りの唐臼を踏ませ、弟には空豆{*6}売りに歩かせ、白柄の脇差が措いて貰ひたい。
「その次の玉虫色の羽織は膠屋を、どこの牛の骨やら知らいで人のかぶる衣裳つき。家は質に入れて、借銀{*7}に目安付けられ、東隣へは無理言ひかかつて際目論も済まぬに、遊山に出るは気違ひの沙汰なり。
「三番目の銀煤竹の羽織着たる男は、利をかく銀を五貫目借りて、それを敷銀にして、家具塗師の所へ養子に行きて、後家親を侮り、養父の死なれ三十五日もたたぬに芝居見る事、作法に外れたる男め。米、薪はその日その日に当座買ひの身上して、酒の相手に色子ども。可愛や、神ならぬ身の浅ましさは、銀なる客と思ふべし。いかないかな、この四、五年、買ひがかり済ましたる事なし。
「あの中に染縞の羽織着たる男、小さき銭店出して居けるが、兄に三井寺の出家を持ちけるが、これから合力請けて、そこそこにも行く先の年を越すべきか。その外に一人も京の正月する者はあるまじ。」と指さして笑へば、羨ましがるかと思ひ、かい敷の椿、水仙花に金柑二つ三つ、延紙に包みて投げ越しける。開けて見て又笑ひて、「本客ならば、この金柑一つが銀払ひ時、二分づつにもなるべきに、皆喰はれ損になるは知れた事。」と言ひ捨てて、芝居は果てて立ち帰りける。
その後、毎日の河原通ひに、同じ着物に色も替はらぬ羽織に、色茶屋気を付けて銀の事申せど、分けも立てず道切つて来ざりければ、催促するに甲斐なく、程無う大晦日になりて、一人は、「夜抜け古し。」とて昼抜けにして行き方知れず。又一人は、狂人分にして座敷牢。又一人は、自害し損なひて穿鑿半ば。最前引き合はしたる太鼓持は、「盗人の請けに立ちける。」とて、町へ厳しき断り。茶屋は取り付く島もなく、夢見の悪い宝舟、尻に帆かけて逃げ帰り、かねての算用には十五両の心当て、預け置かれし編笠三蓋残りて、大晦日のかづき物とぞ成りける。
校訂者注
1:底本は、「次に桟敷」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
2:底本は、「かく成なれば、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
3:底本は、「法華宗の」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
4:底本は、「二階座敷の」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
5:底本は、「者にしてあれば、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
6:底本は、「それ豆」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
7:底本は、「借銭」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
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