一 闇の夜の悪口

 所の習はしとて、関東に定め置きて大晦日に祭あり。津の国西の宮の居籠り、豊前の国早鞆の和布刈。又、丹波の奥山家に、縁付きをする里あり。昔は年の暮に霊祭して、忙しき片手に香花を調へ、神の折敷と麻殻の箸と取り交ぜてのせはしさに、その頃の賢き人、極楽へ断りなしに七月十四日に替へける。今の智恵ならば、春秋の彼岸の内に祭るべし。末々の世まで、何ほど徳の行く事も知れ難し。
 大坂生玉の祭、九月九日に定め置かれ、幸ひ家々に膾、焼き物もする日なり。我人の祝儀なれば、客人とてもあらず。年々にこの徳積もりて大分の事ぞかし。氏子の費へを考へ、神も胸算用にて、かくはあそばし置かれし。又、都の祇園殿に、大年の夜、削り掛けの神事とて、諸人詣でける。神前の灯し火暗うして、互に人顔の見えぬ時、参りの老若男女、左右に立ち別れ、悪口の様々言ひがちに、それはそれは腹抱へる事なり。
 「おのれはな、三ケ日の内に餅が喉に詰まつて、鳥部野へ葬礼するわいやい。」「おどれは又、人売りの請けでな、同罪に粟田口へ馬に乗つて行くわいやい。」「おのれが女房はな、元日に気が違うて、子を井戸へはめ居るぞ。」「おのれはな、火の車で連れに来てな、鬼の香の物になり居るわい。」「おのれが父は、町の番太をした奴ぢや。」「おのれがかかは、寺の大黒の果てぢや。」「おのれが弟はな、騙り言ひの挟み箱持ちぢや。」「おのれが伯母は、子おろし屋をし居るわい。」「おのれが姉は、襠せずに、味噌買ひに行くとて、道で転び居るわいやい。」いづれ口がましう、何やかや取り交ぜて、言ふ事尽きず。
 中にも二十七、八なる若い男、人にすぐれて口拍子よく、何人出ても言ひすくめられ、後には相手になる者なし。時に、左の方の松の木の蔭より、「そこな男よ。正月布子した者と同じやうに口をきくな。見ればこの寒きに、綿入着ずに何を申すぞ。」と推量に言ひけるに、自然とこの男が肝にこたへ、返す言葉もなくて、大勢の中へ隠れて、一度にどつと笑はれける。これを思ふに、人の身の上に、誠ほど恥づかしきものはなし。とかく大晦日の闇を、足元の明い内から合点して、稼ぐに追ひ付く貧乏なし。
 「さても花の都ながら、この金銀はどこへ行きたる事ぞ。」「年々、節分の鬼が取つて帰るもので御座ろ。」「殊に我等は近年、銀と仲違ひして、箱に入りたる顔を見ませぬ。」と、世のすぼりたる物語して{*1}、三條通りを帰れば、山形に三星の紋提灯六つ灯して、車三輌に銀箱を積み、手代らしきもの二人、後につきて話して行くを聞けば、「世界に『ない、ない。』と言へど、ある物は金銀ぢや。この銀子は、『隠居の婆への寺参り銀。』とて親旦那が分け置かれ、明暦元年の四月に蔵入れして、又取り出すは今晩。この銀箱が、世間を久しぶりにて見て、気の尽きを晴らすべし。思へばこの銀は、美しき娘を生まれ生まれ出家にしたやうなものぢやわ。一生人手に渡りて、よい事にもあはず、後は寺の物になる程に。」と大笑ひして、「今日この銀を出すついでに、向かひ屋敷の内蔵を見れば、寛永年中の書付の箱ばかりも山の如し。一代にあの如く溜まるものかよ。
 「惣じて世上の分限、第一、吝き名を取りて、何ぞ一物無うては、富貴には成り難きに、我等が旦那は万事大名風にして、一代栄花に暮らし、その上のこの仕合せ。備はりし福人。されば、今までは惣領殿に隠居し給へども、二男の家を持たれければ、又気を替へて、そこへの隠居の望み。『何事も御心任せに。』とて、霜月初め頃よりよろづの道具を運び、今日この銀が打ち留めなり。母屋より分かりて、隠居付の女十一人。猫も七匹乗り物に乗りて、人並に越されし。この二十一日に、『例年の衣配り。』とて、一門中下人どもかれこれ集めて、男小袖四十八、女小袖五十一、小裁ち、中裁ちの小袖二十七、合はして百二十六。笹屋にて調へ、それぞれに給はりける。この小袖代を持てば、商ひの元手があるぞ。
 「又、若旦那よりは、昨日も、『初芝居が成らぬ。』と言うて、さる太夫が機嫌を見合はせ歎きしに、金子五百両貸し下さるる。京の広い事を知らぬ故、掛乞ひが百銭を読みける。我々が見てこの方、旦那兄弟、金銀手に持たれたる事なし。まして我が分限の高を知られず。九人の手代任せなり。」と語り続けて、大きなる家作りに入りて、「御隠居様のお銀が参りました。」と内蔵に納めける
 この家の年男、神々へ灯し上げて後、「御銀蔵へも灯明。」と申せば、旦那、指さして笑ひ、「さても初心な年男殿。『蔵に灯明。』などと言ふは、わづか千貫目の事なり。二十五、六も灯明灯すか。」と申されし。「さても大分ある銀。」と、この家を羨ましく見る内に、方々より大分の銀箱、広庭に積み重ね、両替の手代らしき者ども、手をつかへ、この家の重手代にさまざま機嫌を取り、「何とぞこの銀子ども、御蔵へ納め申したき。」と言へば、「例年申し渡し、御存じの如く、『大晦日の七つ下がり候へば、銀子、いづ方から参りても請け取り申さぬ。』と、かねがね申し渡し置きしに、夜に入りて、このはした銀。事やかまし。」と言ひて請け取らぬを、色々詫び事、追従言ひて、三口合はして六百七十貫目渡して、請け取り手形押し戴きて立ち帰る。
 「もはや御蔵は閉めける。」とて、大釜の後ろに重ね置きける。この銀は、庭にて年を取りける。誠に石瓦の如し。

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校訂者注
 1:底本は、「物がたりて、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。