四 長崎の餅柱

 霜月晦日切りに唐人船、残らず湊を出て行けば、長崎も次第に物淋しくなりぬ。しかし、この所の家業は、よろづ唐物商ひの時分、銀儲けして、年中の貯へ一度に仕舞ひ置き、貧福の人、相応にゆるゆると暮らし、万事細かに胸算用をせぬ所なり。大方の買ひ物は当座払ひにして、物前の取り遣りもやかましき事なし。正月の近づく頃も、酒常住の楽しみ。この津は身過ぎの心安き所なり。
 師走になりても人の足音忙しからず。上方の如く、「節季候。」も来ねば、只伊勢暦を見て春の近付くを弁へ、古代の掟を守り、極月十三日に定まつて煤を掃き、その竹を棟木にからげ、又の年の煤掃きまで置く事ぞかし。餅は、その家その家の嘉例に任せて搗きける。殊に可笑しきは柱餅とて、仕舞ひ一臼を大黒柱に打ち付け置き、正月十五日の左義長の時、これを炙りて祝ひける。
 よろづにつけて所習はしの可笑しく、庭に「幸ひ木」とて横渡しにして、鰤、いりこ、串貝、雁、鴨、雉子、或いは塩鯛、赤鰯、昆布、鱈、鰹、午房、大根。三ケ日に使ふ程の料理の物、この木に吊り下げて竃を賑はせ、既に{*1}大晦日の夜に入れば、物貰ひども顔赤くして、土で作りし恵比寿大黒又{*2}荒塩、台に載せ、「当年の恵方の海より潮が参つた。」と家々を祝ひ廻りけるは、船着き第一の所ゆゑぞかし。惣じて年玉は、いづくにても軽い事に極まりて、男は一匁に五十本づつの数扇、女は煎じ茶を少しづつ紙に包みて、軽薄らしき事、ここの総並なれば可笑しからず。とかく、「住み馴れし所、都。」の心ぞかし。
 されば諸国の商人、手廻し早くして、我が古里の正月にあふ事を世の楽しみとせしに、京の細元手なる糸商売の人、この二十年も長崎下りして、万事、人にすぐれて賢く、京都を出立ち喰うて旅用意、歩行路、船路にて、中々銭一文も外なる事に遣はず。長崎に逗留の内、終に丸山の遊女町覗かず。金山が居姿の利根なやら、花鳥が首筋の白いやら夢にも見ずして、枕に算盤、手日記を放たず。「何とぞして唐人の愚かなるをたらし、よき商ひ事もがな。」と、明け暮れ心に掛くれども、今程の唐人は、日本の言葉を使ひ覚え、持ち余す銀があるとも、家質より外に貸す事なし。又は、歩に合ふ家買うて置くをよい事と合点しければ、格別なる{*3}事は唐さへ無し。まして日本の智恵袋は、世俗に賢く、よい事ばかりはさせぬなり。利発にて分限にならば、この男なれども、時の運来らず、仕合せが手伝はねば{*4}是非なし。
 同じ頃より長崎に下り、同じ糸商売する京の人、大分の手前者となり、今は手代を下して、その身は都に安楽にして、しかも物見、花見、女郎狂ひも相応にして分限なる人、数知らず。「これは、いかなる事にて、かくは成りけるぞ。」と尋ねしに、「それは皆、商人心といふものなり。子細は、世間を見合はせ、来年は必ず上がるべき物を考へ、踏ん込んで買ひ置きの思ひ入れ、合ふ事より拍子よく金銀かさむ事ぞかし。ここの二つ物賭けせずしては、一生替はる事なし。」
 この男は、長崎の買ひ物、京売りの算用して少しも違ひなく、後先踏まへて確かなる事ばかりに掛かれば、算用の外の利を得たる事、一年もなくて、皆、銀の利にかき上げ、人奉公して気をこらしける。毎年、大晦日を橋本旅籠屋に定宿拵へ置き、「ここにて年を取るが、我等が家の嘉例。」と言ふは、大払ひの借銭済ましかねる故なり。同じくは吉例やめて、京の我が宿にて年取るやうに致したきものぞかし。
 この男、つらつら世を見合はせ、「尤も小前に怪我はなけれども、皆人沙汰せらるる通り、利を得る事なし。当年は何によらず、我が商ひの外なる事に一思案して、銀儲けせずばあるべからず。」と心中極めて長崎に下り、さまざま分別せしに、銀で銀儲くる事ばかりにて、只取るやうな事は一つもなし。「とかく、来春の小芝居、何ぞ変はつた見世物もがな。京、大坂の細工人も、手を尽くして色々仕出し、何か珍しからねば、唐物に、もしもあるべし。」と穿鑿して、「大方の物にては、銭は取り難し。」と吟味するに、定まつてよい物は、今まで見せぬ螭龍の子、又、火喰鳥など、いまだ見せた事なし。これは、長崎にも稀なれば、自由に手に入れ難し。
 ひそかに唐人を語らひ、「何と、異国に変はりたる物はないか。」と言へば、「鳳凰も雷公も、聞いたばかりにて見た事なし。とかく伽羅も人参も、日本に稀なる物は、唐にも少なし。殊に、銀大切に{*5}思へばこそ、百千万里の風波を凌ぎ、命と銀と替へる商ひに上りけるにて、『世に銀ほど人の欲しき物はない。』と合点致されよ。」と語りける。「これ、尤も。」と思ひ、身の稼ぎに油断なく、色々の渡り鳥調へて都に上りしに、皆見せて仕舞ひし後なれば、一つも銭に成り難く、人の見付けたる孔雀は、まだもすたらず、やうやう元銀取り返しぬ。これを思ふに、「知れた事がよし。」とぞ。

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校訂者注
 1:底本は、「ずでに」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 2:底本は、「大こく、荒塩」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 3:底本は、「各別なる事」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 4:底本は、「てつばはねば」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 5:底本は、「すなくし。ことに銀たいせつと」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。