三 平太郎殿

 古人も「世帯仏法。」と申されし事、今以てその通りなり。
 毎年節分の夜は、門徒寺に定まつて平太郎殿の事、讃談せらるるなり。聞く度に変はらぬ事ながら、殊勝なる義なれば、老若男女共に参詣多し。一年、大晦日に節分ありて、掛乞ひ、厄払ひ、天秤の響き、大豆打つ音。誠に、「くらがりに鬼繋ぐ。」とは今宵なるベし。恐ろし。
 さて道場には、太鼓おとづれて、仏前に御明かし上げて、参りの同行を見合はせけるに、初夜の鐘を撞くまでに、やうやう参詣三人ならではなかりし。亭坊、勤め過ぎて暫く世間の事どもを考へ、「されば今晩、一年中の定めなる故、それぞれに暇なく、参りの衆もないと見えました。然れども、子孫に世を渡し、暇の空きたる御婆達は、今日とても何の用あるまじ。仏の御迎ひ船が来たらば、それに乗るまいといふ事は言はれまじ。愚かなる人心、不憫やな、あさましやな。さりながら、只三人に聞かせまして讃談するも益なし。いかに仏の事にても、ここが胸算用で御座る。
 「中々灯明の油銭も御座らねば、せつかく口を叩いても世の費えなり。面々に散銭{*1}取り返して下向して給はれ。皆、世渡りの事どもにからまされ、参詣もなき所に、各々奇特千万。ここを以て信心。如来も、忙しき中に足を運び給ふを、損にはせさせ給はぬなり。金の大帳に付け置かせられて、未来にてきつと算用し給ふなれば、必ず必ず捨てたると思し召すな。仏は慈悲第一、少しも偽りは御座らぬ。頼もしう思し召せ。」
 時に一人の婆、涙をこぼし、「只今の有り難い事を承りまして、さてもさても我が心底の恥づかしう御座ります。今夜の事、信心にて参りましたでは御座らぬ。一人ある倅めが、常々身過ぎに油断致しまして、借銭に乞ひたてられまして、節季節季に様々作り事申して逃れましたが、この節季の身抜け、何とも分別能はず、私には、『道場へ参れ。その後にて見えぬと歎き出し、近所の衆を頼み、太鼓、鉦を叩き尋ね、これにて夜を明かして済ますべし。古い事ながら、大晦日の夜のお婆を返せは、我等が仕出し。』と思案して、世の不祥なればとて、辺りの衆に思はぬ厄介かくる事、これ、大きなる罪。」とぞ歎きける。
 又一人は、「生国は伊勢の者なるが、人の縁ほど知れぬものは無し。ここ元に親類とてもなきに、大坂旦那廻りの太夫殿に雇はれ、荷持を致せし時、この所の繁昌見まして、『何をしたればとて、二人三人の口を喰ふ事、心安き所ぞ。』と見立て、幸ひ大和通ひして小間物商ふ人の死に跡に、二つになる男の子あつて、かかも色白に逞しければ、共過ぎにして世を渡り、行く末はその子めにかかる事を頼もしく思ひ、入り聟していまだ半年もたたぬに、道を知らぬ通ひ商ひに少しの銭も皆になし、極月初め頃より、何がなと渡世思案する内に、女は子を愛して、『われも耳がある程に、人の言ふ事をよく聞け。
 「『小男でも元のとと様は、利発にあつたと思へ。女の手わざの飯まで炊きて、女房は宵から寝させ置きて、我は夜明け方まで草鞋を作り、我は着ずに女房子供には正月布子を拵へ、この黄枯茶の着る物も、その時の名残ぢやぞ。何に付けても馴染み程よきものは無し。元のとと様恋しやと泣け、泣け。』と言ふ時は、さりとては入り聟口惜しく、堪忍ならぬところなれども、是非なく日を重ね、『我が古里に少し貸し置きたる銀子もあれば、これを取り集めて、この節季仕舞。』と遥々下りける甲斐もなく、その者どもは皆、所を去れば、又手ぶりにてやうやう今日の夕飯前に宿へ帰りしに、何とか才覚致しける、餅も搗き、薪も買ひ、神の折敷に山草の色めきければ、『世は歎くまじ。又引き上ぐる神もありて、留守の内に手廻しよく内証仕舞ひ置きける。』と嬉しく、『無事で帰りたる。』と言へば{*2}、女房もいつよりは機嫌よくして、まづ足の湯を取りもあへず、鰯膾を片皿に赤鰯の焼き物にて、心よく膳を据ゑける程に、箸取つて喰ひかかる時、『伊勢の銀どもは取つて御座つたか。』と言ふ。
 「不仕合せ言ふを聞きもあへず、『そなたは手ぶりで、ようもようも戻られた事ぢや。この米は、一斗を二月の晦日切りに約束して、我らが身を手形に書き入れて、九十五匁の算用にして借りましたよ。世間は四十目の米喰ふ時、九十五匁の米を喰ふ事、そなたの鈍なる故に、かかる仕合せ。持つて御座つたものは褌一筋、何も損の参らぬ事。夜に入れば闇うなります。足元の明かい内に出て御座れ。』と、喰ひかかつた膳を取つて追ひ出す時、近所の者ども集まりて、『これは、御亭様の迷惑ながら、入り聟の不祥に出て去なしやるが、男の本意ぢや。又よい所も御座ろ。』と口々に追ひ出しければ、余り悲しくて泣かれもせず。明日は国元に帰る分別致しましたが、今夜一夜の明かし所なく、我らは法華宗なれども、これへ参りました。」と身の懺悔する事、哀れにも又可笑し。
 又一人の男は大笑ひして、「我が身の事は、とかう申し難し。宿に居ますれば、方々より生けて置かぬ身なり。どなたへ申して銭十文借り所はなし。酒は呑みたし身は寒し。色々無分別、年を越すべき才覚なし。近頃あさましき思ひつきながら、『今宵は道場に平太郎殿の讃談参り、群集すべし。その草履、雪踏を盗み取りて酒の代にせん。』と心がけしに、ここに限らずいづ方の道場にも人切れなく、仏の目を抜く事も成り難し。」と、身の上を語りて涙をこぼしける。
 亭坊も横手を打つて、「さてもさても、身の貧からは、さまざま悪心も起こるものぞかし。各々も皆仏体なれども、是非もなき浮世ぞ。」と、つらつら人界を観じ給ふ内に、女、けはしく走り来て、「姪御さま、只今安々と御平産あそばしました。御知らせ申します。」と言ふ。程なくその後より、「箱屋の九蔵、今の先に掛乞ひと言ひ分致されまして、首絞めて死なれまして御座る。夜半過ぎに葬礼致します。御苦労ながら野墓へ御出頼みます。」と言うて来る。取り交ぜてかしましき中に、仕立物屋より、「縫ひに下されました白小袖を、ちよろりと盗まれました。穿鑿致しまして出ませずば、銀子立てまして御損はかけますまい。」と断り申しに来る。東隣から、「御無心なれども今晩、俄に井戸が潰れました。正月五ケ日、水が貰ひましたい。」と申し来る。その後から、一旦那の一人子、金銀を遣ひ過ごし、首尾散々にて所を{*3}立ち退くを、母親の才覚にて、「御坊様へ、正月四日まで」預けに遣はしける。これも、「嫌。」とは言はれず。
 浮世に住むから、師走坊主も暇のない事ぞかし。

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校訂者注
 1:底本は、「賽銭」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 2:底本は、「帰りたるいとへば、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
 3:底本は、「さん(二字以上の繰り返し記号と濁点)にて立のくを、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。