四 長久の江戸棚
天下泰平。国土万人、江戸商ひを心がけ、その道々の棚出して、諸国より荷物、船路、岡付けの馬方、毎日数万駄の問屋着き。ここを見れば、世界は金銀沢山なるものなるに、これを儲くる才覚のならぬは、諸商人に{*1}生まれて口惜しき事ぞかし。
さる程に、十二月二十五日{*2}より通り町の繁昌。世に「宝の市。」とは、ここの事なるべし。常の売り物棚は捨て置きて、正月の景色、京羽子板、玉ぶりぶり、細工に金銀を鏤め、破魔弓一挺を小判二両などにも買ふ人ありけるは、諸大名の子息に限らず、町人までも、よろづに大気なる故ぞかし。町筋に中棚を出して商ひに暇なく、銭は水の如く流れ、白銀は雪の如し。富士の山影豊かに、日本橋の人脚、百千万の車の轟くに聞きなしたり。
船町の魚市、毎朝の売帳、「四方の海ながら、浦々に鱗の種もある事よ。」と沙汰し侍る。神田須田町の八百屋物、毎日の大根、里馬に付け続きて{*3}数万駄見えけるは、とかく畠のありくが如し。半切に移し並べたる唐辛子は、秋深き龍田山を武蔵野に見るに似たり。瀬戸物町、麹町の雁鴨、さながら雲の黒きを地にはへたるが如し。本町の呉服物、五色の京染、屋敷模様の散らし形、四季一度に眺め、姿の花の色香ぞかし。伝馬町の摘み綿、み吉野の雪の曙の山々。夕べには提灯連なり、道明らかに{*4}、大晦日の夜に入りて一夜千金、家々の大商ひ。殊に足袋、雪踏は、諸職人、万事買ひ物の納めにして、夜の明け方に調へに来たり。
一年、江戸中の棚に、雪踏が一足、足袋が片足無い事あり。幾万人履けばとて、かかる事は日本第一、人の集まり所なればなり。宵の程は一足七、八分の雪踏、夜半過ぎには一匁二、三分となり、夜明け方には一足二匁五分になれども、買ふ人ばかりにして売る者なし。
一年、掛小鯛二枚十八匁づつせし事もあり。橙一つ金子二歩づつせしに{*5}、高うて買はぬといふ事なし。京、大坂にては、相場違ひの物は、たとへ祝儀の物にしてから、中々調ふべき人心にはあらず。ここを以て大名気とは言へり。京、大坂に住み馴れて心の小さき者も、その気になつて、銭を読むといふ事なし。小判を厘だめにてかける事なし。軽きを取れば、又そのままに先へ渡し、世は廻り持ちの宝なれば、一人として吟味する事にはあらず。
十七、八日までに、上方への{*6}銀飛脚の宿を見しに、大分の金銀、色も変はらず上りては下り、一年に道中を幾度か。金銀程、世に辛労致す物は外になし。これ程{*7}世界に多き物なれども、小判一両持たずに江戸にも年を取る者あり。
されば、歳暮の御使者とて{*8}、太刀目録、御小袖、樽肴、箱入の蝋燭。何を見てもよろづ代の春めきて、町並の門松、これぞ千歳山の山口。なほ常盤橋の朝日影豊かに、静かに万民の身に照り添ひ、曇らぬ春にあへり。
元禄五壬申年初陽吉日
書肆
京二條通堺町 上村平左衛門
江戸青物町 万屋清兵衛
大坂梶木町 伊丹屋太郎右衛門
板行
校訂者注
1:底本は、「諸商人の」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
2:底本は、「十二月十五日」。『世間胸算用』(1989)頭注に従い改めた。
3:底本は、「付つきて」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
4:底本は、「明らかう、」。底本頭注に従い改めた。
5:底本は、「二歩づつせし、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
6:底本は、「上方へ銀飛脚」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
7:底本は、「是ほどに」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
8:底本は、「御使者として、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
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