四 我が子をうち替へ手

【本文】

 丹後の切戸の文殊に、二十五日の曙より、国中移して参詣す。ここに、大代伝三郎一子に伝之介、十五歳になりしが、小者一人召し連れて詣でける。かかる折節、同じ家中に新座者、七尾久八郎といへる人の子に、八十郎と申せしは、今年十三歳なりしが、これも草履取り一人連れて、この所初めてなれば、浦珍しく、天の橋立の松の葉越しに、月夕影うつるまで、あなたこなたを眺め巡りて、立ち帰る折節、伝之介に袖すれて、互に鞘咎めして、抜き合はせ、華やかに切り結び、八十郎、首尾よく伝之介を討ち留め、前後を見合はせ立ち退きける。両方の小者は、相討ちして、空しくなりぬ。
 伝之介親、これを聞き付け、そこに行きて穿鑿するに、相手の行き方知れず。小者も夜中なれば見分け難く、まづ伝之介死骸を取り隠しける。
 八十郎は屋敷に帰り、親に始めを語れば、「ここまで帰る所にあらず。最期の覚悟仕れ。」と、書状添へて、八十郎を乗り物にて伝三郎方へ遣はし、「この者、それにていかやうにも。御心任せ。」と申し入る。
 伝三郎請け取り、まづ座敷に置けば、「伝之介が敵{*1}。」と喜び、母親、長刀押つ取り駆け寄るを、伝三郎押さへ、「あれより見事に遣はしけるを、むざむざと討つべき子細なし。殊に我が子は十五歳、これは十三にて、武道も格別にまされば、申し請けて、この家継ぎにすべし。これ同心ならずば、その方離別。」と言はれて、男に従ふ女心。伝三郎喜び、段々御願ひ申し上ぐれば、「ためしなき仕方。」大望に任せ、八十郎を伝三郎に賜はり、親子の結びをなせば、母にも孝を尽くし、まことの親には再び面を見合はす事もなく、伝之介と名も改めて、日毎に武の道に心ざし深く、成人の後、伝三郎娘とあはせ、昔の恨みなくして{*2}、母もこれに不憫を掛けて、大代の家を継ぎて名を残しぬ。

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【輪講】

  丹後の切戸の文殊は、二十五日の夜明けから、国中の人がここに参詣致します。大代伝三郎といふ人の一子に、伝之介といふ人がありましたが、年が十五で、小者一人連れて参詣する。その折節に、同じ家中の新座者(新参者)七尾久八郎といふ人の子に、八十郎といふ十三の人があつて、これも草履取りを一人連れて、初めて参詣するのでありますから、浦々珍しく、天の橋立の松葉越しに眺める月の、夕の影のうつるまで眺めて、帰つて来る折節、伝之介とすれ違つて、互に鞘咎めをした。さうして抜き合はせて斬り結びましたが、八十郎の方が伝之介を打ち留めて、前後を見合はせて立ち退きました。両方の小者は相討ちになつて、二人とも死んでしまつた。伝之介の親は、これを聞いて色々穿鑿したけれども、相手の八十郎の行方が知れません。小者も夜中の事で、どつちがどつちだか見分けがつかないので、まづ伝之介の死骸だけ取り隠しました。八十郎は屋敷に帰つて、親に子細を話しますと、親が言ふには、「人を殺しておめおめ帰らるべきでない。人を斬つた上は、最期の覚悟をしろ。」と言つて、手紙を添へまして、八十郎を乗り物に乗せて、伝三郎の所へ遣はして、「この者は、どうかそちらで御心任せにして下さい。」と申し入れました。伝三郎がこれを受け取つて、座敷へ置くと、「我が子の敵だ。」といふので、母親が喜びまして、長刀を取つて駆け寄りますのを、伝三郎が押さへて、「先方からああやつて立派によこしたのに、むざむざと討つべき子細はない。殊に、我が子の伝之介は十五歳、八十郎は十三で、武道も格別にまさつてゐるから、これを申し請けて、我が家の後継ぎにしよう。これに賛成でなければ、御前も離縁してしまふ。」――かう言はれてみると、不承知ではありますが、女は男に従ふもので、聞き入れる事になります。伝三郎は喜んで、殿様にもこの事を御願ひしますと、「誠に前例のない仕方である。」といふので、望みに任せて八十郎を伝三郎に賜はりました。いよいよ親子になつてからは、八十郎は継母にも孝行を尽くし、実の親には二度と顔を合はす事もなく、名も伝之介と改めまして、毎日武道に志深く励んで、成人の後は、伝三郎の娘と夫婦にしました。昔の恨みはすつかりなくなつて、母親もこれに不憫をかけ、大代の家を継いで、名を残しました。これは、神崎与五郎でしたか、赤穂義士の講談に出て来る話で、釣りに行つてゐて、若様を殺すのがあります。この辺から取つたものかも知れません。
佐藤  「八十郎が敵と喜び」とありますが、これは、「伝之介が敵」とあるべきですな。
  間違ひでせう。
三田村  「新座者」は、田楽に「新座」「本座」と言ふ事がある。「新参者」と同じ事です。この話の義理は、問題はない。
佐藤  「国中うつして」は?
  「挙げて」でせう。総立ちですな。
楽堂追記)「松の葉越しに月夕影」――「松の葉越しに月見れば」(狂言靭猿、猿曳歌)。

校訂者註
 1:底本は、「八十郎が敵(てき)」。底本輪講に従い改めた。
 2:底本は、「なくて。」。『武家義理物語』(1993)に従い改めた。