四 思ひも寄らぬ門出の婿入り
【本文】
治まる国の守の弓大将に隼人と言へるあり。又、鉄砲大将に外記と言へるあり。この両人、当番同日にて語り合ひ、おのづから親しくなりぬ。
或る時、隼人患ひて、代番頼み、引き籠りしに、外記、遥々の屋敷より病中の見舞、度々なり。この心ざし嬉しく思ふ折節、又、雨風激しき夕暮に玄関に来て、今日の機嫌の程を尋ねられしに、この事、奥へ申し通じけるに、幸ひ気分もすぐれ、初めて枕を上げ、病居も改め、友懐かしき時なるに、外より一人も訪はねば、ひとしほ淋しく、「その御方、御目に掛かりたき」断り申し、内証まで通し、御見舞の一礼申し述ぶれば、気色の様子、懇ろに聞き合はせ、末々養生の身持ちまで申されければ、隼人喜び、勝手口の杉戸開けさせ、妻女呼び出し、外記に面を合はさせ、親類の語らひ同然になりぬ。心の暗からぬ武家の付き合ひ、潔し。
南を受けて、明かり窓のもとに薬鍋掛けて、十四、五と見えし娘、その様艶なる打掛け小袖、豊かに顔形色づくるともなく、美女に生まれ付きたる。手づから火箸取り廻し、「煎じやう、常の如くか。」と、年寄りたる女に尋ねられし物腰の優しく、あまた見え渡りて、腰元使ひもあるに、「これは大事。」と孝を尽くせし心ばせを見請け、「娘の子も又、ありたきものぞ。病家の扱ひは、これぞ。」と殊勝に頼もしく思はれ、又、戸をさして、外には人なく、只二人、世の事ども、病気に障らぬ話のついでに、外記は、息女の事を羨み、「私は、男子ばかり三人まで持ちけるが、この内一人、娘ならば。女房どもが言葉、頼りにもなりぬべきものを。」と言へば、隼人聞きて、「世は必ず思ふままならず。我らは只今の姉にして、娘ばかり四人あり。女の子御望みならば、奥の御茶の通ひに、雇はせ置くべし。琴を好き、歌を詠むなど言ひて、京頼りに中院殿へ遣はしける。雀小弓、面妖{*1}に一筋も外さず、女のいらざる四書までも読みて、この程は古文聞きに気を尽くしける。少し娘自慢なれども、何がさて、こなたへならば。」と言へば、外記、浅からず悦喜。「しからば、私の惣領亀之進、十九に罷りなれば、向後、御自分の子と思し召し下され。」と、外には聞く人もなく、祝言言ひ交はして、屋敷に帰りぬ。外記、内証へは、いまだこれを語らず。
その明けの日の夜半に、同役の方に、宵より話し居て帰るを、門の片蔭に三、四人立ち忍び、両方より真ん中に取り込め、声をも掛けず闇討。外記、心得て抜き合はせ、四人を相手に暫し切り結ぶに、覚悟にあらねば、初太刀に痛み、三人までに手は負はせしが{*2}、終に弱りて討たれぬ。供は小坊主なれば、屋形に走りて、この事知らせける。亀之進、刀引つ提げ追つ掛けしに、早、行き方知れずなりにき。しかも道筋四つに分かれる辻の事なれば、様々に迷ひて、まづ脇道の根笹を分けて身をもみ、二十町余りも尋ねしに、人影もなくて、無念の胸を静めて立ち帰り、この討手を詮議するに、外記軍法の弟子に浪人ありしが、己が励み薄く、同学の者に極意許されしを恨み、同じ悪人を語らひ、師を討つて退く。
「天命、いづくに{*3}逃るべし。」と、身をもだえて進めど、心に任さぬ主命なれば、敵討ちたき願ひ申し上げしに、首尾よく御暇を下し給はり、「本意遂げての節、先知相違なし。」と老中仰せ渡され、上意有り難く、御前を罷り立ち、屋形に帰らず。
母の儀は親類に頼み残し、その身は達者なる家来一人召し連れ、外よりの助太刀を差し留め、生国和州を立ち出る時、隼人、病気の用捨なく駆け付け、「言ひ渡する子細あり。」とて、我が屋敷へ亀之進を申し入れ、「その方は知り給ふまじ。御親父と契約しての乞ひ婿なり。貴殿女房は、めでたう帰宅あるまで、この方に預かり置く。」と、娘呼び出して、夫婦の盃事をさせて、関和泉守の刀一腰、金子百両はなむけして、快く暇乞ひして別れぬ。かねての約束、人は知らざりしに、この時に至つて隼人の心底を感じける。
亀之進は、諸国を忍び巡りて、二年過ぎての弥生山、江州の浦里に身を隠して、或る夜これを付け出し、名乗り掛けて切り込み、常々覚悟して浪人五、六人有り合はせ、又、助太刀すれば、亀之進、危ふく請け太刀になりて、「武運の尽き。」と口惜しき時、相手、不思議や後髪引かれて、残らず討ち留め、本人が首、器物に入れて、本国に帰りぬ。
和州にありし隼人は、亀之進首尾事、明け暮れ心もとなく、夫婦言ひ出し給ふ時、娘、嬉しげに笑みて、「先月二十九日の夜、敵討たれしに疑ひなし。その子細は、自ら一心に諸神を祈りしに、この恵みにや、夢ながらその場に行きて、後ろ詰めして、残るところなく討ち留めさせ、喜び帰ると見しが、さめての明けの日、寝間着の小袖、段々に切れて血に染まりし。」と語りも果てず、それを二親に見せければ、心よく亀之進を待ちかねしに、程なく立ち帰り、御前よろしく数々の御褒美。先知に二百石の御加増ありて、隼人を召され、立ち出る時の段々、至極に思し召され、縁組の事仰せ付けられ、世の褒め草を靡かせ、隼人が家風を吹かせける。
その後、夢物語せしに、刻も時も違はず。「目に見ぬ助太刀、思ひ当たれる事あり。」と、その働きを語り慰み、両家共に繁昌して、語らひをなしけるとなり。
【輪講】
佐藤 泰平に治まる国の殿様の弓大将に、隼人といふ人があり、又、鉄砲大将に外記といふ人がありました。この二人は、当番が同じ日なので、語り合つて自然と親しくなつて居りました。或る時、隼人が病気になつて、代番を頼んで引き籠つてゐるところに、外記は遠い屋敷から、病中を見舞に行く事が度々であつた。この志を嬉しく思つてゐる折節、又、或る雨風烈しい夕暮に、外記が玄関に来て、「今日は、御機嫌はいかがか。」と言つて尋ねた。その事を奥へ取り次ぎますと、「幸ひに今日は気分もよろしく、初めて枕を上げまして、病気の床も改め、友懐かしく思つてゐる折であるのに、外から一人も見舞に来ないので、ひとしほ淋しい。今御出になつた方に御目にかかりたい。」と隼人が言つた。そこで、その御客、即ち外記を居間まで通して、この間中の見舞に対する一礼を申し述べると、客は、気色(病気)の様子を親切に尋ね、それから末々養生の身持ちまで話したので、隼人は外記の親切を喜んで、勝手口の杉戸を開けさせ、妻女を呼び出して外記に面会させ、親類同然の交際になりました。心暗からぬ武士の付き合ひといふものは、潔いものである。南を受けた明け窓の下に、薬鍋をかけて、十四、五と見える娘、その様子の艶なのが、「打ち掛け小袖。豊かに」と切れてゐますが、意味の方も「小袖」で切れますか。容貌も、色づくるといふ嗜みも見えないが、それにも関はらず、天成の美女である。手づから火箸を取り廻して、「煎じやう、常の如くか。」は、例の袋に書いてある文句ですから、さういふ調子で年寄つた女に聞いた。「年寄りたる女」とあるのは、これは、お母さんでない。別の女が居たんでせうか。その声の具合や何かが優しく、外にいくらも仕へてゐる侍女もあるのに、「かういふ大事の場合であるから。」と孝行を尽くしてゐる気立てを見受けて、「娘の子も又、持ちたいものである。病家で働くのは、女に限るぞ。」と、外記が殊勝に頼もしく感じた。これは、諺でもあるのでせうか。何か、さういふ思想から言つたのかも知れません。これだけの様子が、その杉戸を開けさせた時に見えたんでせう。それから又、杉戸を閉めて、病人と外記と二人きりとなり、病気に障らない世間話をしてゐるついでに、外記は、先刻見た息女の事を羨んで、「自分は男の子を三人も持つてゐるが、その内一人が娘であつたら、女房どもの話し相手になるであらう。」と言ひますと、隼人はそれを聞いて、「世の中の事は、定まつて、思ふやうになるものではない。我らは只今のを姉にして、娘が四人ある。女の子が御望みならば、奥の御茶の通ひに遣はしてもよろしい。『琴を好み、歌を詠む。』など言ふので、京に頼りを求めて、中院殿へ遣はしてあつた。雀小弓も上手で、一筋も外しません。女のいらざる四書まで読む。この頃は又、古文真宝といつたやうな物を、精出して習つてゐる。少し娘自慢のやうでありますけれども、何してもあなたの方へならば。」と言ふのを聞いて、外記は大変喜んだ。「それでは、私の惣領に亀之進といふ者が、今年十九になるので、今後はどうか、御自分の子と思し召し下され。」と、外には聞く人もなく、二人だけで祝言を言ひ交はして、屋敷へ帰りました。けれども、外記はまだ、細君にもこの事を語らない。その翌日の夜半、同役の所に宵から話してゐて、帰るところを、門の片蔭に三、四人立ち忍んでゐた者どもが、両方から真ん中に取り囲んで、声をもかけず闇討ちをした。外記は、心得て抜き合はせ、四人を相手に暫く戦ひましたが、何分、覚悟をしてゐた事でもないので、最初の太刀に手疵を受けて、三人までに手を負はせたけれど、終に弱つて討たれてしまつた。供は小坊主なので、「屋形」といふのは主人の屋形でせう、駆けつけて、この事を知らせた。惣領の亀之進は、刀を提げて追つ駆けたが、もう相手は行方知れずになつてゐた。しかも道筋が四つに分かれる辻の事ですから、色々に迷つて、まづ脇道の根笹を分けて、身を揉み、二十町余も尋ねましたが、人影も見えないので、無念の胸を鎮めて立ち帰り、それからこの討手を調べて見ると、外記の軍法の弟子に浪人があつた。自分が不勉強のために、自分に許されぬ武芸の極意を、同学の他の男に許されたのを恨んで、同じやうな悪人を語らつて、師を討つたのである。「天命、いづくにか逃るべし。」と、亀之進は身悶えして進んだが、心に任せぬ主命を持つてゐるものだから、「敵討したい。」との願ひを申し上げた。すると、都合よく御暇を下し賜はり、「本意を遂げた時は、先の知行を相違なく賜はる。」といふ事を、老中から仰せ渡された。上意を有り難く御受けして、御前を退出して、自分の家には帰らず、母親の事は親類に頼んで残し置き、自分は達者な家来を一人連れて、外から助太刀をして貰はないやうにして、生国の和泉を出立した。その時、隼人は病気を構はず駆けつけ、自分の屋敷へ亀之進を連れて来て、「その方は御存じあるまいが、御親父と契約して、御願ひして婿になつて貰つたのである。貴殿の女房は、うちの娘だから、めでたく敵を討つて帰宅あるまで、この方に預かつて置く。」と言つて、娘を呼び出して、夫婦の盃事をさせて、関和泉守の刀一腰、それに金子百両を餞別に贈つて、亀之進は快く暇乞ひして別れて行つた。かういふかねての約束があつた事は、誰も知らなかつたのに、この時に至つてかういふ態度に出たので、人々は隼人の心底に感じた事である。亀之進は、諸国を忍び廻つて、二年過ぎての弥生山、近江の国の浦里に隠れてゐる敵を見つけ出して、或る夜、名乗りかけて斬り込んだ。向うでも不断から覚悟してゐると見えて、浪人者が五、六人も居合はせ、又、これが助太刀したものですから、亀之進も危ふく受け太刀になつて、「武運の尽き。」と残念に思つた時、不思議な事には、相手がたじたじとなつた。その形勢につけ込んで、残らず討ち留めまして、本人の首を器物に入れて、本国に帰つて来た。和州に居る隼人の方では、「亀之進がどうなつたらう。」といふ事を、明け暮れ心配して、夫婦が心もとなく言ひ出した時に、娘が嬉しさうに笑つて、「先月二十九日の夜に、敵を御討ちになつた事は、疑ひありません。そのわけは、私が一心に諸神を祈りましたら、その御恵みでせうか、夢ながら、『現場へ行つて、後衛といふ形になつて、遺憾なく討ち留めさせて、喜んで帰る。』といふ夢を見ましたが、目が覚めて翌日見ると、寝間着の小袖が段々に切れて、血に染まつて居りました。」といふ事を話すと同時に、実物を両親に見せたので、それから安心して、亀之進の帰るのを待ち焦がれてゐると、程なく帰つて来ました。御前の首尾も上々でありまして、数々の御褒美を賜はつたばかりでなく、先の知行に二百石の御加増があつた。それから隼人を召され、亀之進出立の時の様子を御聞きになつて、「尤もな事。」と思し召され、縁組の事を仰せ付けられました。かくて、あちらでもこちらでも褒められて、隼人の家の名を揚げた。その後、亀之進夫婦が夢の話をしたところが、刻限も時も少しも違はない。「さういふ目に見えぬ働きは、思ひ当たる事がある。」と言つて、その働きを語り、慰みまして、両家共に繁昌して、仲睦まじく語らひをした、といふ事であります。
三田村 「打ち掛け小袖」は、委しく詮議しないで、軽く衣類と見て置いたらいかがでせう。「顔形色づくるともなく」は、御化粧してゐないんぢやありませんか。
木村 さうでせう。
三田村 「古文」は、「古文真宝」などもあるが、これも一種に拘泥しないでいいでせう。「四書を読んだだけでなく、更に漢文を読む」といふ位でいいでせう。「屋形に走りて」の「屋形」は、自宅でよくはありませんか。
佐藤 さうですな。後の方にもう一つ、「屋形に帰らず」とあるので、さう思ひました。
三田村 縁組の事は、誰も居ない所で、二人話し合つたのでは、内分だけの話で、武家の婚礼は、当事者が申し立てて許可を得る。これは、幕府でもさうです。縁談はできたが、手続きはしてない。そこで、「御前を乞ひ婿にしたけれども、敵討に出るといふのに、縁組願ひはできない。だから、かういふ取り扱ひにした。御前にあげた娘だけれども、この際、縁組はできないから、敵討が済むまで預かり分にして置く。」と言つたので、表向きはさういふわけにいかないからです。いよいよ敵討が済んだので、殿様がその話を聞かれて、御許しになつた。そこで縁組が正式にできたのです。「内証」といふのは自分の部屋で、そこへ、杉戸を開けて妻女を呼び出した。同輩であつても、女房と御客様と近づきにさせない。妻女を引き合はすやうになるのは、同役、友人の中でも、特別懇意でなければしないので、だから、「親類の語らひ同然」と書いてある。「勝手口」といふのは、「勝手通り」と言ふと、親戚でなければならない。つまり、女達の居る所で、将軍家なら「大奥」、大名屋敷なら「奥」といふ所を、中通りな士の家だと「勝手口」と言ふのです。「弓大将」は弓頭で、御先手、即ち先鋒隊です。戦争が始まれば、一番先へ出る。「同役」は、同藩の中でも、殊に懇意なものです。
森 大名の家で「老中」と言ひますか。
三田村 「家老中」と言ふ。それを略して「老中」と言ひます。
森 さうすると、複数のわけですな。
三田村 一体は、幕府の老中がさうです。女中でも同じ事です。複数の者を一人の場合に用ゐるのは、「我等」でもさうだが、さういふ例はいくらもありませう。
校訂者註
1:底本は、「名誉(めいよ)に」。『武家義理物語』(1993)3-1「発明は瓢箪より出る」語釈に従い改めた。
2:底本は、「負(をふ)せしが。」。『新編日本古典文学全集69』(2000)に従い改めた。
3:底本は、「何国(いつく)にかのがるべし」。『武家義理物語』(1993)に従い改めた。
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