五 家中に隠れなき蛇嫌ひ
【本文】
人によつて、人喰ふ狼には恐れずして、何の事もなき蟇蛙を嫌ふもあり。これ、その生によるなり{*1}。
江州田上川の瀬に変はりて、古代稀なる洪水。岸根の松、柳も掘れて、田地荒野なれば、その頃の国の守、これを憐れみ、百姓を救はせ給ひ、堤普請も里へは掛け給はず。手前の人足数千人出て、鋤、鍬の音、湖水に響き渡りて、竜女も驚くべき多勢なり。
この奉行役人、家中の利発人指されて、四人立ち合ひし中に、小林氏の何がし、武家気質に生まれ付きたる人にて、心の猛き事、世にすぐれたれども、常に蛇を恐れて、その話を聞くさへ身を縮めけるに、同じ奉行、小さきくちなはを捕らへて、「これ、それへ投ぐる。」と言へば、忽ち面の色変じて、刀の反り打つて、「弓矢八幡、投げてみよ。一寸もそこを逃せじ。」と怒れば、各々、中に立ち塞がり、両方へ押し分け、当分何の子細もなく済みぬ。
その後いづれも、蛇打ち掛けんとせし人の元に行きて、「今日の首尾、その方、何の心もなき事ながら、まづ謝り給へ。日頃恐るる人を存じられての座興、よくよく思へば、せまじき事なり。『とかく、この儀は堪忍。』と言葉を下げ、昔の如く語り給へ。」と内証申せば、この男、さすが侍にて、「いかにも、この方の卒爾、千万至極の所なり。各々、御詞は洩れじ。いかやうにも頼み入る。」と申せば、いづれも、「この一言を聞くから、神妙の至りなり。この上は、その方の手を下げさす事にあらず。」と、皆々小林氏の仮屋に尋ね入り、「今日の儀は、さぞさぞ御腹立たるべし。」と言ひも果てぬに、「されば、嫌物を見せ掛け、さりとは困りたるところ、余り恐ろしさに、刀の反りを打つて見せしが、それは何の心もなし。我らは、あれ程好かぬ物なし。」と、大笑ひにてこの事済みぬ。心中を色に出さず、常の事にしてその埒を明けられける。「これぞ、発明なる取りさばき。」と思案ある人は感じぬ。
その後、小林氏、世の無常定め難く、一年余りの内に、妻子残らず失ひ、何の願ひも絶えて、御前よろしく御暇申し請け、長剣やめて、身を麻衣に替へて、隠れ家もあるに、人倫の通ひなき海中の離れ嶋、笹舟のたよりに身を越えて、竹生嶋の北なる竹嶋といふ所に、草葺きを結びて、ここを出ぬ事、三年余りになれり。
過ぎにし頃、親しき人々誘ひ合はせ、一夜泊まりに定め、この嶋へ尋ねしに、昔の形はなくて、行ひ澄まして殊勝さ限りなかりき。取り混ぜて、昔の事ども、今の身の上を語り、落葉かき集めて茶を煎じ、有り合ひに米打ち込みて、もてなされ、その日も浦浪に影薄く、三井の晩鐘幽かに、千鳥もいづち飛び失せ、松に嵐のみ。これより淋しさ、又いづくにかあるべし。今日は我人十二人、常は庵住一人は、よく暮らされける。
おのづから観念の南窓も暗くなりて、朽木そのままの篝を焚けば、この火の映りに這ひ集まる蛇、幾限りもなく、人を恐るるともなく、膝、懐に入りてうねくり、又は裾より入りけるを、初めの程は取りのけしが、中々数千筋なれば、各々気を悩みて、「これは、いかなる事ぞ。」と尋ねしに、「元よりこの嶋、蛇ある所と伝へ聞きて、身を懲らして仏心の大願。」と語られければ、各々横手を打つて、「年頃は嫌はせ給ふに、今この中に住ませ給ふは、悟りの真実顕はれける。」と、夜もすがらうるさく、明くるを待ちかね、各々城下に立ち帰りて、この事を語りぬ。
【輪講】
三田村 人にはそれぞれ、嫌ひといふものがあつて、その様が色々ある。人を食ふ狼は怖がらないで、食ひついても疵のつく事もない蟇蛙を嫌ふ人もある。これは、人の剛臆に関係した事ではなく、生まれついた性分によるのである。江州の田上川といふ川が瀬に変はつて、その瀬を移す程の、昔から稀な大きな出水が、岸の樹木の根を浚つて、そこらの田地も荒野になりました。その時分にそこの領主が、それを気の毒と思し召して、農民どもを御救ひなされる。そのために、堤普請もその村には申し付けられない。殿様の方の御人足が何千人も出て、鋤鍬を使ふ土木の工事をする音が、大きく遠く響くので、湖水に住む竜女も驚く程の盛んな事である。この大工事の取締りをする奉行役に、家中の利口者がすぐり出されて、四人だけその役になつた。その中に小林某といふ人があつた。これは、士らしい生まれつきの人で、世に優れて心の強い人であつたが、なぜか蛇を恐れて、蛇の話を聞いても身を縮める位だつた。それを知つてゐるので、同役の一人が小さい蛇を捕まへて、「それ、そこへ投げますよ。」と言つて脅した。「投げるぞ。」と言つたばかりなのに、小林は、忽ち顔色を変じて、刀の反り打つて、「弓矢八幡、投げて見ろ。投げるなら、そこを動かしはしない。」と言つて怒つた。その気配の尋常でないのを見て、傍にゐた人達が、立ち塞がつて両方へ押し分けまして、差し当たり何の事もなしに、蛇も投げず、刃物三昧にもならずに済んだ。その後、いづれも、「蛇を投げる。」と言つた男の所へ行つて、「今日の首尾、あなたは何の心もなく、冗談でしたんだらうが、謝りを述べたがよからう。日頃、蛇の嫌ひな事を知つてゐながら、嫌ひな物を、からかふやうな事をするのは、よろしくない。向うでは、どういふものが腹の底にあるかも知れない。『先程の悪ふざけは御堪忍下さい。』と、よく言葉を尽くして、『相変はらず元のやうに御話し合ひ下さい。』と挨拶しておいた方がよからう。」と勧めた。悪戯をした男も、さすがに武士で、少しも凝滞してゐない。「私のやつた事は、かりそめな事で、不行き届き千万な次第である。誠に御尤もだから、皆さんの仰る通りにしませう。何分、御扱ひを御願ひ申す。」と言つたものですから、勧めた方の者は、「さういふ言葉をお前から聞く以上は、お前は別に御詫びしないでもいいやうにする。」と言つて、一同揃つて小林の仮屋へ来た。これは、堤普請について、仮小屋ができてゐたのでせう。そこで、「今日の事は、さぞさぞ御腹立ちでございましたらう。」といふ挨拶を、述べるか述べない内に、「さやうでございます。厭な物を見せつけられたので、恐ろしさに、刀の反りを打つて見たが、別に腹を立てたのではない。怖かつたから、ああいふ擬勢を示したのだ。私は蛇ほど厭な物はありません。」と小林が言つた。腹にものがあつたかなかつたか知らないが、色に出しも出されもせず、双方大笑ひで、不断の戯れ事と同じに済んでしまつた。「これらは、利口な者の取り捌きだから、少々の間違ひがあつても、ないと同じやうに片付く。」と言つて、心ある人は褒めた。その後、蛇の怖い小林といふ人は、僅かの間に妻子が残らず死んでしまつた。世の中には、「無常迅速」と言つて、いつを嫌はぬ是非のない事柄がある。誰も彼も失つた後は、何の願ひもなくなり、主君の御元へ御暇を願つて、刀を棄て、麻衣一貫になつて、さうして引つ込み場所もあらうに、人の往き通ひもない海中の離れ嶋、笹舟(小さい舟)に乗つて、竹生嶋の北にある竹嶋といふ所へ行つて、草を結んで庵を作り、ここに籠る事、三年に及んだ。昔親しかつた人々が、誰彼誘ひ合はせて、一晩泊まりでこの嶋へ小林を訪ねて来たが、会つて見ると、昔の姿は少しもない。すつかり法体になり済まして、有り難げに暮らしてゐる。色々今昔の話をしながら、落ち葉を焚いて茶を煎じ、茶粥にしてこの人々をもてなした。その内に夕方になつて、夕日の影が浦浪に薄くなり、三井の晩鐘も幽かに響いて来る。寂しい嶋の模様で、千鳥もどこへ飛び失せたか、声も聞こえず、只、松を吹く嵐の音ばかりである。かういふ寂しい所が、又どこにあるだらうか、ありはしない。今日は昔の知り合ひが押しかけて来たので、主客十二人、大変賑やかであるが、それでさへまだ淋しく思はれるのに、不断よく一人で居られたものだ。南の窓はいつまでも明るいわけだが、日が暮れたので暗くなつた。割りもしない木屑を取つて来たのを焚くと、その火がぱつと映る。その火を見て、小林のかつて嫌ひだつた蛇が、数限りもなく入つて来る。人を恐れる様子もなく、膝へ上がつたり懐に入つたり、或いは又、裾からも入つて来るのを、初めは手で取り除けてゐたけれども、数が多い事だから、蛇の始末にならぬ事を気に病んで、「これは、どうした事か。」と小林に尋ねた。さうすると、小林が言ふには、「元々自分がここへ来たのは、この嶋に蛇が多いと聞いたからである。さうして自分の身を苦しめて、一つの悟りを得たい願ひがあつて来たのだ。」といふ返事であつた。皆々それを聞いて、「さては。」と言つて感心して、「年頃、蛇嫌ひであつたのに、今この中に住んで居られるのは、いかにもこれは本当の心、本当の修行といふものでありませう。」と言つて、折角そこへ訪ねて来たけれども、夜中は蛇の居るのがうるさく、夜が明けて蛇が行つてしまふのを待ちかねて、城下の方へ帰つた。さうして、蛇の嫌ひな人が、この蛇の多い竹嶋に住まつてゐる事を、皆に話して聞かした。
佐藤 蛇が灯を認めて入つて来ますか。
三田村 夜になると、灯があるから、屋内へ入つて来る。それを灯影で見たんでせう。
森 「窓のすさみ」に、やはり蛇嫌ひの人があつて、人と果たし合ひをする。いよいよ刀を抜く段になると、相手は、蛇を棒の先について、「これでどうだ。」と言つたので、とうとう果たし合ひもせずに逃げ出した話がありますな。
校訂者註
1:底本は、「よるかなり。」。『武家義理物語』(1993)に従い改めた。
コメント