五 身がな二つ二人の男に

【本文】

 浮かれ女の身は{*1}定め難く、繋がぬ舟に譬へて、浪の枕を千人に交はし、紅舌万客になめさせ、一つの心をその日の男好けるに持ちなし、笑ふ時あり、泣く折あり。様々変はつた浮世の物語聞き流せる年月を、歎きながらの歌の節に送りて、下の関の勤めも今一年に足らず成りて、生国筑前の芦屋なる親里に帰るを楽しみに思ふ折節、浪人らしき男の、言葉は関東の人めきて、世を忍ぶなりふりして、いつの頃よりか、仮初に会ひ馴れ、愛しさ又もなく恋を重ねし内に、この男、今は心底残さず語りけるは、「我が本国は、出羽の庄内の者、荒嶋小助と言ひしが、子細あつて傍輩の億住源太兵衛討ちて、首尾よく所を立ち退き、今、ここに知るべの町人を頼み、忍びけるは、一子源十郎、我を狙ひ、諸国を巡ると聞くから、身隠し、遊山所も憚るなり。」と、段々物語して、「天理にて源十郎に討たれてもある時は、菩提を弔ひ給はれ。」と、春日の御作の守り観音、給はりければ、限りのやうに思はれて悲しく、涙に沈みて別れしが、その後は、日々に疎くなりて、「尋ね給はぬは、世に憂き浪人故か。」と思ひやられ、いとど口惜しく、日毎に状通して、たまさかに会ふ時は、枕も{*2}定めず涙にして、一日を暮らしぬ。
 その後又、旅人の雨宿りの憂き晴らしに、酒の友と成りけるに、この男も又、この定家に深くなづみて、長崎まで下れる舟より上がり、「主なしの身の楽は、これぞ。」と、ここに日を送り、夜をこめて女郎のために良き事ばかりつのりて、定家も又、おのづからに気を移して、小助事は忘れし。
 これ、不心中にはあらず。常の女さへ時に従ふ習ひなれば、まして流れの身として、定家は奇特の女ぞかし。小助、尾羽を枯らして会ふべき便りなきを、女郎の方より揚屋の首尾を調へしが、今は了簡尽きて、親方吟味強く、忍びて逢ふ事も絶えたり。又、源十郎も、この所の遊興に路金尽きて、後へも先へも行き難し。諸神に大願掛けて、敵討つ身の不覚ぞかし。これも契りを重ねてから、子細を語りて聞けば、小助身の上の事に疑ひなし。
 定家、身に震ひ出て、それも又、この人も愛しさ変はる事なし。何とも差し当たつての迷惑、大方ならぬ因果なれば、まづこの事、小助殿に通じて、この所を立ち退き給へる文したためし時、源十郎小者、小助ありかを見出し、走り来つて険しく様子語り、女郎と思ひ、何の遠慮もなく内談せしは、「その家、野離れこそ幸ひなれ。松の茂みに木隠れて、人家を出して、名乗り掛け、願ひのままに討つべき。」と、着込み、鉢巻して、刀の目釘を改め、「今日ぞ思ひの晴らしどころ。女郎も、この身を祝うてたべ。敵を討つ縁となる。この程、ここに足を留めたる仕合せぞかし。追つ付けめでたう御見に入るべし。門出、盃さし給へ。」と言ふ。是非なく常より機嫌なる顔にして、三献の酒も心を付けて、「大事の前なれば。」と控へて、祝儀を含みて暇乞ひして、勇み勇みて揚屋を出て行く。
 程なう町外れの木蔭に忍び、小助が様子を見合ひけるに、時節と借り家を出て、何心もなう松原に差し掛かりしを、源十郎進み出て、「小助、見忘れはせまじ。億住源太兵衛が一子源十郎、親の敵討つ太刀なり。」と飛び掛かれば、小助、しさつて抜き合はせ、暫く切り結ぶ内に、女の歩みには甲斐甲斐しく、定家、この中に飛び込めば、両人、目と目を見合はせける。定家は、心の程を書き残して、二人の勝負つかざる内に、速やかに自害して果てける。互に大事の中にも、「これは不憫。」と涙ぐみしが、その死骸を脇に見て、入り乱れて手を負ひ、両人共に相討ちにして、命終はりぬ。
 小助が働き、源十郎が残念、定家が心ざし、分けて三所に面影残り、見し人、これを世語りの涙。

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【輪講】

野々村  「二人の男に馴染んでゐるのですから、身体が二つ欲しい。」といふ意味で、この題を付けたのでせう。浮かれ女の身は、定め難いものである。だから、これを繋がぬ舟に譬へて、「今日は東、明日は西。」といふやうに、浪の枕を多くの人に交はす。一つの心を、それらの男を好いたやうにもてなし、笑ふ時もあれば、泣く時もある。様々変はつた世の中の物語を聞き流して、年月を送る。歎きながらの歌の節に年月を送つて、下関の勤めも、あと一年足らずで終はる。年が明ければ、筑前芦屋の故郷に帰るのを楽しみにしてゐる内に、浪人らしい男の関東訛りのあるのが、世を忍ぶやうな様子で、いつ頃か仮初に馴れ、又なく愛しく、度々出会つてゐると、この男が残らず語つた。「自分は、出羽庄内の産で、荒島小助といふ者であるが、子細あつて、朋輩の億住源太兵衛を討ち、難なく土地を立ち退いて、この下関の町人を頼んで隠れてゐる。億住の一子源十郎が、自分を狙ひ、諸国を廻つてゐるといふ事だから、実はかういふ所へ来て遊ぶのも、大つぴらにはできない。」かういふふうに、段々物語をして、「もし天理によつて自分が討たれても、どうか菩提を弔つてくれ。」と言つて、春日の御作の守り観音を女郎にくれた。女郎も、何だかこれが最後のやうに思はれて悲しく、涙に沈んで別れましたが、それから小助は日々に疎くなつて、あんまり来なくなつた。「これも、世を忍ぶ浪人故であらうか。口惜しい。」といふ事で、毎日、呼び出しの手紙をやる。小助も、たまには来るが、その時は泣いてばかり居つて、涙の中に一日を暮らす。然るにその後、旅人の雨宿り、その憂さ晴らしにこの家に遊んで、定家に深く馴染んで、長崎まで下る船から上がつて来た。「自分は、主人といふ者がないから、さういふ身の気楽なのは、こんな時だ。」と言つて、下関の廓に日を送つてゐる。さうして、女郎のために喜ばしい事ばかりあるので、定家も自然、この方に心を移して、小助の事は忘れるやうになつた。これは、不心中のやうだが、必ずしもさういふわけではない。普通の女でさへ、時に従つて変はるのが世の中であるのに、遊女としては、定家は奇特の女である。小助の零落して、会ふ事のできないのを、女郎の方から揚屋の首尾を調へて呼んだ。その内に、方法がつかなくなつて、抱へ主の監督がやかましいものですから、内証で会ふ事もできなくなつた。源十郎の方も、ここの遊興に路金を遣ひ果たして、後へも先へも行けなくなつてしまつた。諸神に願をかけて、敵討に出た身としては、不覚な話である。これも、定家に契りを重ねてから、子細を語るのを聞くと、小助の身の上に相違ない。定家は思はず身震ひをしたけれども、源十郎も愛しいのは、変はつた事もない。頗る迷惑な話である。まづ、この事を小助に知らして、この所を立ち退いて貰ふつもりで、手紙を書いてゐるところへ、源十郎の小者が、「小助の在処を見つけた。」と言つて、息せき切つて駆けつけて来た。血相変へて、「側に居るのは女郎だ。」と思つて、何の遠慮もなく内談したのは、「小助の家は、幸ひ野離れだから、松の茂みに隠れてゐて、家を出るところを名乗りかけ、願ひのままに討つたらよからう。」といふ事になつた。着込み、鉢巻をして、刀の目釘を改め、「今日こそ思ひを晴らす事ができる。定家も自分の身を祝つてくれ。お前の所へ足を止めたのが、敵を討つ縁になつた。追つ付け敵を討つた上で、めでたく会ひに来るから、まづ門出の盃をさしてくれ。」と言ふ。定家は、仕方がないものですから、機嫌のいい顔をして、三献の酒も、大事の前だから控へるやうに注意する。源十郎は、勇んで揚屋を出て行つて、町外れの木蔭に忍び、小助の様子を見てゐると、小助は借家を出て、何の気もなく松原に差し掛かる。ところへ、源十郎が進み出て、「小助、よもや見忘れはすまい。億住源太兵衛の一子源十郎が、親の敵を討つ太刀である。」と言つて、飛びかかつた。小助は、飛びしさつて、切り結んでゐる内に、女の足にしては甲斐甲斐しく、定家がここへ飛び込んで来たものだから、二人は互に目と目を見合はせた。定家は、自分の心中を書き置きに書いて、二人の勝負がつかない内に、速やかに自害をしてしまつた。二人は、一大事の場ではあるが、定家の自害したのを不憫に思つて、涙ぐんだけれども、その死骸を脇に見て、更に入り乱れて斬り合ひ、遂に相討ちで死んでしまつた。よくそれまで斬り合つた小助の働き、敵を討ち切れなかつた源十郎の残念、二人の間に立つて自害した定家の志。それは、三所に面影を残して、見た人は涙を流しながら語つた、といふやうな事でせう。
佐藤  「時節と借家を出て」。
野々村  「丁度いい時」でせう。
木村  「きどくの女」は、やはり前にかかるんでせう。「職業に忠実な女」といふ意味ぢやありませんか。
佐藤  前でせうな。
三田村  私は、後にかかる方が面白いと思ふ。
  この話は、岡本綺堂さんが芝居にした事があります。
三田村  「尾羽を枯らして」は、鷹の言葉ださうですね。
水谷  それを、どうして浪人に使ふんですか。
三田村  鷹に譬へるんでせう。
佐藤  「紅舌万客になめさせ」は、「半点朱唇万客嘗」ですな。
野々村  「天理」は、「自然」でせう。
三田村  これは、親の敵を討つ孝子の心でせう。
野々村  「それを天も納受して」でせう。
佐藤  よく天理にかなふんですな。それが当然のわけだ。
佐藤追記)本文の冒頭の句「その日の男、好けるに持ちなし、笑ふ時あり、泣く折あり。」は、「その日の男を好いたやう云々」ではなくて、「その日の男が好むやうに」。つまり、女の本心はどうでも、「男の気に入るやうに云々」と解すべきではないでせうか。「好色盛衰記」五ノ二「大方の男、それを好けば、作り声して泣いて聞かせ」などあるを参考すべきでせう。
楽堂追記)この章に於ける謡取りの句若干――表題「身がな二つ」(唐船)、「つながぬ舟」(景清)、「年月を…送りて」(同上)、「世を忍ぶ…かりそめに逢ひ馴れ」(同上)、等。
鳶魚副書)女の名を中頃で出したのも、手段と見える。「もう年明けだ。」といふ心持ちを見せて、それから趣向に及んだのも面白い。只馴染んだのでなく、年明け、「年が明いたら。」といふ心持ちがあつての馴染み――「末の頼み」といふところを髣髴させ、だが、「遊女はかうだ。」と一転して、地女とは違ふ。ここから又、「一代女」や「五人女」を顧みる。「定家は奇特だ。」「遊女は遊女の義理がある。」「地女は、真実らしくても軽薄なのが多い。」と言はうとする。さう思ふと、男二人に女一人、悲しい真間の手古奈の伝説よりも、遊女だけに、定家は二人に許して、双方へ義理を立てる。そこが又、手古奈よりも悲しい。平淡な文章であるが、働きは凄まじい。西鶴が遊女を何と見てゐたかも、ここで読めるやうな気がする。「時節と借家を」の「時節」は、「討たれる時節」ではあるまいか。「時節因縁」として見ては、どんなものでせう。

校訂者註
 1:底本は、「身の定(さだ)めがたく。」。『武家義理物語』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「枕(まくら)をさだめず」。『武家義理物語』(1993)に従い改めた。