四 姿の花とは前髪の時

【本文】

 人も、一盛りは花。
 木村長門守召使に松尾小膳とて、形を奉公の種として、衆道時めく十六歳よりこの家に勤めける。生国は石州浜田にて、杉山市左衛門と言へる人と念友の語らひをなしけるが、出世なれば、別れを惜しき恋路を見送りて、市左衛門勧めて上方に上しける。その心ざし、頼もし。
 山海万里は隔てつれども、文にて契りを込めて、朝夕その人の事を忘れずして、一人は目も合はず、過ぎにし戯れ枕ゆかしき折節、鴫野宇右衛門と言へる侍、執心を掛けて状付けられしに、「情け心離れて、存ずる子細あつて、外への懇ろ、思ひも寄らず。重ねてはこの儀、御無用。御返事も仕るまじき。」と言ひやれば、宇右衛門せきて、首尾見合はせ、小膳が部屋に尋ね入り、是非を極めて、身の障りを無理に吟味をする。
 小膳、少しも驚く気色なく、「我、思し召しての御事、あだには聞かず。然れども、国元にて言ひ交はせし人ありて、誓紙も。これ、見させ給へ。いかにしても、この義理立てける。」そもそもの事ども、内証共に語りて、「今よりそなた様を頼み入り、衆道のとても叶ひ難し。誠の兄弟分に思し召され、御引き廻しに預かりたき。」と理を尽くして申せば、宇右衛門、これを聞き分け、それよりしては如才なく、小膳後ろ見を、格別なる心遣ひを致せり。
 又、玉水茂兵衛といふ侍、これも状を付けて歎く内に、宇右衛門、親しく語るを見出し、「以前より執心掛くる我ら事は捨て置き給ひ、後に申せし人と御懇ろあそばす事、いかにしても心外なり。何程言ひ訳ありても堪忍なり難し。とかう言ふに及ばず。討ち果たすべし。」と思ひ切りて見えし時、小膳も今は了簡なく、「さやうに仰せらるるとても、この方には、毛頭曇りなき事なり。然れども、命を惜しむにあらず。いかにも御相手になるべし。しかし、小腕なれば、その方の御太刀下に罷り成るは、知れたる事。後の儀は、見苦しからぬやうに頼み奉る。さて、出合ひはいつ頃。」と申せば、茂兵衛、いよいよ進みて、「十九日の夜こそ宵闇なれ。初夜より前に、玉造の芝原に参り合ひ、死出の旅路の二人連れ。浮世の月を見るも、一日{*1}二日なれば、身の取り置き、心静かにあそばせ。」と、互ひに礼儀を述べて立ち別れぬ。
 程なく約束せし十九日の夜に入りて、小膳、人をも連れず身拵へして、申し合はせし野辺に行きて、暫し相待ちぬれど、人影も見えねば、「すぐに茂兵衛長屋に行きて、この詮議せん。」と忍び忍びに行きけるに、後に人の足音すれば、竹垣に身添へ、「ここを大事。」と隠れける。その人を、「誰ぞ。」と思へば、懇ろせし宇右衛門なるが、目の早き侍にて、「小膳。」と見付け、そのまま立ち寄り、「これは何とも合点参らず。只一人忍び給ふは、茂兵衛に情け語らひと見えたり。さもあれば、この男、中々一分立ち難し。その上は、茂兵衛、その方、両人を相手なり。」と少し腹立、道理なり。
 小膳、騒ぐ風情なく、「これは、入り組みし子細あり。」と初めの段々語れば、「いよいよ恨みあり。懇ろとは、かかる時の事なり。後ろ詰めには、この宇右衛門。頼もしき山ありと思し召し、茂兵衛討ち給へ。」と小膳に力を添へて、屋形に案内させて、門に立ち聞きすれば、茂兵衛、分別変はりて、「いまだ書き置きに取り紛れ、延引申すなり。ここに又、相談あり。宇右衛門と御懇ろあそばさねば、こなたに何の恨みもなし。それに、討ち果たしどころにもあらず。こなたには、少しも申し分ない。」と言ふ。「こなたに言ひ分なきと仰せらるる上は、この方もその通り。」と、何の詮もなき茂兵衛が仕方なり。
 それより宇右衛門と大笑ひして立ち帰り、なほ頼もしき侍、外より思ふには格別、義理一遍の語らひ。小膳が姿の若松、千歳の春を重ね、末々、武の家栄え、太刀抜かずして治まる、時津国久しき。


【輪講】

  「人間の姿の花の盛りといふのは、まだ前髪立ちの少年の頃である。」といふ見出しで、本文の冒頭も、さういふ事から書き出してある。どんな人でも、若い一盛りは、花のやうなもので、木村長門守重成の家来に、松尾小膳といふ人がありました。美しい容姿を奉公の種として、衆道盛りの十六の歳から木村の家に勤めてゐる。生まれは石見の国浜田で、杉山市左衛門といふ人と、念友の約束をしたのでありましたが、出世になる事ですから、その別れにくい関係を見限つて――市左衛門の方からは見送つて、上方に上る事を勧めたのであります。誠に頼もしい志である。それですから、海山遠く隔てて居りましても、お互に手紙で前通り契りを込め、朝晩その人の事を忘れては居りません。一人で寝る時は、目も合はせずに、過ぎ去つた頃の事を思ひ出して、追懐に耽つて居りました。その折節、鴫野宇右衛門といふ士が、小膳に想ひを懸けて、文を付けましたけれども、小膳の方では、さうした恋愛沙汰以外に思ふ子細があるから、「他の方と、さういふ関係を結ぶ事は、思ひも寄らぬ。再びかうした申し込みは、して下さいますな。重ねて文を御付け下すつても、御返事もしますまい。」と申し送りました。宇右衛門の方では、事情が分かりませんから、「振られた。」と思つて、せき気味になつて、小膳の部屋へ訪ねて来まして、それはどういふ理由か是非を極めて、「何故、自分に許されないか。」といふ故障の一件を、無理に吟味しようとする。小膳は、少しも驚く様子はなく、「自分に想ひを懸けられての事であるから、それは決して、あだおろそかには思ひません。只、自分は国元に約束した人がある。この誓紙を御覧なさい。」と言つて、見せまして、「どんなにしても、この義理を立てなければならぬ。」と、最初から市左衛門との内証事まで話し、「今からあなたに御頼みします。衆道の関係は、とてもできないから、誠の兄弟分と思つて、御引き立てに預かりたい。」と、事を分けて申しましたので、宇右衛門も承知して、それからは抜かりなく、小膳の保護者の位置に立つて、色々心遣ひをして、いたはつて居りました。そこに又、玉水茂兵衛といふ士、これも、小膳に文を付けて言ひ寄つたのでありますが、宇右衛門と親しくなつてゐるといふ事を、茂兵衛が見つけて、「前から想ひを懸けてゐた先口の自分を捨てて、後から言ひ寄つた者と親しくされるのは、心外である。これは、どんなに言ひ訳をしても、堪忍できない。理由などを聞くに及ばない。討ち果たしてしまはう。」と思ひ詰めた態度に出て来ました。「さやうに仰せられても、この方は少しも疚しいところがない。けれども、命を惜しむのではない。そんな事をなさりたいなら、いかにも御相手になりませう。自分は歳のいかない小腕ですから、あなたの太刀の下に討たれる事は知れてゐる。死んでからの葬ひは、見苦しくないやうに御願ひします。さて、出合ひはいつ頃にしませうか。」と言ふと、茂兵衛はいよいよ乗り気になつて、「丁度この十九日の晩は、宵闇である。初夜より前に、玉造の芝原に参り合はせて、二人とも死出の旅路に赴く事としよう。もう浮世の月を見るのも一日二日だから、身の取り置きを心静かにされるがいい。」と、互に礼儀正しく述べ合つて別れました。間もなく約束の十九日の晩になりましたから、小膳は人も連れずに、身拵へをして玉造の野辺へ行つて、暫く待つて居りましたが、まだ人影も見えません。「これはどうしたわけか。茂兵衛の長屋へ行つて、詮議をしよう。」と忍んでやつて行きますと、後ろに人の足音がする。「ここは、大事なところだ。」と思つて、竹垣にぴつたりついて隠れてゐると、後から来たのは、今まで親しくしてゐた宇右衛門でありました、宇右衛門は目の早い士で、小膳を見つけたものですから、すぐに立ち寄つて、「これは何とも合点が参らぬ。かうやつて一人で忍んで来られるのは、茂兵衛に許して御出と見えた。もしさうならば、拙者の一分は立ち難い。茂兵衛もそなたも、二人ながら自分が相手だ。」と宇右衛門の方は、腹を立ててゐる。これは尤もなわけです。小膳は騒ぐ気色もなく、「これには込み入つた事情があるのです。」と言つて、一部始終を語りますと、「それは、いよいよ以て恨みである。懇ろにするのは、かういふ時のためである。なぜ私に打ち明けてくれなかつたか。後ろ詰めには、この宇右衛門が居ります。それで茂兵衛を御討ちなさい。」と小膳に力をつけて、茂兵衛の所へやつて来ました。さうして宇右衛門は、門前で立ち聞きをしてゐますと、茂兵衛は分別が変はつて、「実はまだ、書き置きを書くのに暇がかかつて、時間が延びてしまつたが、ここに又、相談がある。あなたが宇右衛門と念約をされたのでなければ、自分には何の恨みもない。果たし合ひをするどころぢやない。別に申し分はない。」と言ひ出しました。「あなたが言ひ分がないと言はれる以上は、この方もその通りだ。」と、何の詮もない事になつてしまつた。それから宇右衛門と打ち解けて、大笑ひをして立ち帰り、それで事が済みました。お互に頼もしい士同士で、他から思ふのとは格別な違ひで、義理と義理との約束で、小膳は美しい姿で千歳の春を重ねて、武門が栄える事になつた。ちよつとした間違ひから、果たし合ひをするやうな事になつたが、それが無事に収まつて、誠におめでたい、といふやうな意味でせう。
  この終はりのところの「猶頼もしき侍」は、「宇右衛門が頼もしい士だ。」と言ふんぢやありませんか。「他から見ると、衆道の語らひのやうだけれども、実は義理一遍の間柄だ。」と言ふんでせう。
  その方がいいですな。西鶴は、いつも大尾をめでたい話で結ぶやうに思ふ。これなどは、かなり危ないところまで行つてゐますが、結局おめでたい事になつてゐます。
三田村  これは、武士同士の義理だ。男色の貴ばれる所以も、この義理立てにあるのです。
木村  この初めの文章で見ると、小膳は、木村長門守に愛されてゐるやうに見えますが、さういふ事はあり得べきですか。
  ここは只、若盛りといふ事を表すために書いたんでせう。
木村  それだけの事でせうな。結局、田舎の念者一人に義理を立てたわけだ。
鈴木  「姿を奉公の種として」は、十六歳の美少年の形容でせう。
三田村  小姓は、綺麗なのが多いから…。

武家義理物語輪講  終

校訂者註
 1:底本は、「ひとへ」。『武家義理物語』(1993)語釈に従い改めた。