二 寺を取る昼舟の中  祈れど聴かぬ歌留多大明神の事

 人の身は、繋がぬ舟の如し。
 伏見の浜の浪枕、ここに一夜を明かして、「昼の下り舟あらば、大坂までの便り。」と眺め渡れば、昨日夕、大方は{*1}出舟の跡淋しく、京橋の旅籠屋には畳叩き立て、茶筅売りは衣片敷きてうたたね。蕎麦切り舟、牛房も焼き絶えて、床髪結さへ所の若者の角抜いて居るなど、この里も日の内の暇{*2}可笑しく、問屋の門鞠を見てゐし時、番所{*3}より改めて、「飾りの舟下る。」と言へば、法師と言ひ、旅と申し、夢も結ばぬ暫しが程、便船の断り聞いて、情けある人々は胴の間に乗り移りければ、我は火床の前に身を進めて、人の菅笠{*4}にも触らず、船頭にも「良い天気。」と機嫌取り、豊後橋をさし下し{*5}、楊枝が島を過ぎて、淀小橋を越えて、男山の姿もいと殊勝に、澄み濁るをも構はず素人謡、又は山崎通ひの小歌。
 浪に声せはしく、十里が間の慰み。摂河両国南北の川岸、柳に烏{*6}も面白く、一群の婆五十人程、小舟に乗り行くは、「六條殿参り。」とて有り難く可笑しく、心々の人付き合ひ。この舟、四人して借られけるに、一人は播磨の浄土坊主、この度、長老に成りての帰るさ。一人は近江の布屋。又は長崎の町人。
 今一人は、大坂長堀辺りの材木屋の一子なるが、親は隠れもなき始末者。久しく貯へ置かれし金銀を色の道に使ひ捨て、幾度か異見せられてやむ事なく、二十二の時勘当にて、江戸に下りて、それより越中に立ち越え、おのづからに踏む塩の山。年月世を稼ぎて、身の辛さを忘れず、この五年余りに金子三百両仕出し、無き商ひの道油断なく、「さすがは上方人。」とて、北国人、この風俗を真似て、「所の宝なれば、大坂へは帰さじ。ここに取り留めて。」などと乞ひ婿にして、追つ付け縁を結ぶ時、難波の古き友達、信濃の善光寺参りの折節、巡り逢ひて、互に昔を語るに尽きず。「今は、二親の嘆き給ふ」を話せば、故郷忘じ難く、その人に詫び状を上せば、母の親、殊更に恋しがりて、「とにかく帰れ。」との仰せによつて、越中の出店あらかたに仕舞ひ、「儲け貯めし金子も見せて、親仁{*7}に悦ばせ申さん。」と、乗り掛け葛籠に入れて、その外、絹綿の土産物。錦着て帰る心地して、今日の舟路も潔く、酒菓子の代物も、乗合の仲間として物堅く、一銭の事までも目の子算用に、いづれも旅功者なるすれ者、損徳なしに埒を明け、まだ大坂へは舟の上六里半。
 枚方辺りより身拵へして、竹杖までも取り廻し、万事に気を付ける内に、舟人が櫓米櫃より布袋屋歌留多の十、馬、八、九の足らぬ取り集め物を出しければ、小者ども、一文二文に読みて、程なく後先に四、五文づつ置きて、手元せはしく勝負しける。清兵衛下人、越中より召し連れたる男、百さし皆になして、鬢鏡八分に即座に売つて、これも打ち込めば、律義者にて、上気してうろたへたる顔つき可笑しく、「取り返して取らす。」とて、清兵衛立ちかかり、てんがうにする内に、銭八百負けになれば、「これ切り。」と言ふ所へ、播磨の長老進み出、後生大事にひねりければ、「九品の浄土かぶ。」とて、衆生残らず根から取れば、ひたものに置きかけ、つゐ豆板一歩穿鑿に成り、長老、六、七両も勝ち給へば、近江の布屋、さし出、長崎の人、大気にかかり、三番まきに付け目取つて、山の如く置き立てしに、次第につのりて千両ばかり、小判、あなたこなたの手に渡れば、船頭、古御器出して寺を打たせけるに、これさへ金子十両に余りぬ。
 舟は、急ぎもやらず下しけるに、雨上がりにして水早く、程なう長柄川に来て、「大坂が見ゆる。」と言ふ時、清兵衛、三百両残らず負けて、越中より親達親類への遣ひ物、絹綿も値打ちして、皆々負けになりて、川崎を瀬越しとて、ありたけ置いて取られ、舟は八軒屋に着きて、長崎人、機嫌良く上がれば、続きて播磨の長老の仕合せ、百両余りも勝ちて、この度の京の入用をしてやり、「不慮に良き同船を致しました。」と懇ろに暇乞ひ、可笑し。布屋は小判十四両と絹綿取つて、渋紙包みにさせて、舟より足早に上がり、小戻りして船頭を呼びかけ、「草鞋掛けが片足ある筈じや。見てたもれ。」と、これまで取つて帰る。
 清兵衛、後に残りて、船頭に色々嘆きて、寺の内より金子二歩と銭二百貰ひて、舟よりすぐに長堀{*8}、親の元へは行かずして、又身拵へして、空き荷物を小者に持たせ、遥々古里に帰る甲斐なく、かちにて越中に下りぬ。
 かりにもせまじきものは、博奕わざ。家を失ひ、身を捨つるの一つ、これぞ。前札に三つが上がるにしてから、せまじきものぞ。

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校訂者註
 1:底本は、「大方(おほかた)の」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)語釈に従い改めた。
 2:底本は、「隙(すき)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「播州(ばんしう)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「管笠(すげがさ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 5:底本は、「豊後橋(ぶんごばし)を下(くだ)し」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 6:底本は、「鳥(とり)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 7:底本は、「親(おや)に」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 8:底本は、「長堀(ながぼり)の親(おや)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。1992)に従い改めた。