第五 人の花散る痘瘡の山  衆道に身代はり立つ事

 「懸崖険しき処、生涯を捨つ。暮鐘、孰が為に帰家を促す{*1}。」扇に空しく留む二首の歌。「白菊と忍の里の人問はば思ひ入江の島と答へよ」と聞こえし鎌倉山、「明けもやすらん。」と道急ぐ旅人も、ここの景色に立ち止まり、その墓に哀れを催しぬ。すべて世の常なきさまは、由あるものの名のみ残りて、幾人か消え、「如水沫泡焔。」と御経には説き給ふ道理、思ひ続けて行けば、日蓮上人の土の牢、今は妙久寺の庭に形ありて、星降の梅が枝、古りながら、いと殊勝に匂ひ、殊更に異なる花の眺め。桜にまさりて人の山を崩しぬ。
 その中に、色形すぐれ、「この生まれつき、鄙の都は、これなるべし。」と人の機{*2}を奪ふ美少年、若党二、三人召し連れ、嬋娟たる容色。見る者、仮初にもなづまざるはなかりき。
 ここに、戸塒専九郎といへる浪人も、春の日和のわりなく長閑なる折柄の、浮き立つ心に誘はれ、その人並みにこの所に立ち交じり、最前よりこの若衆に心魂を失ひながら、後を慕ひ、帰るさの屋敷までつけ込み、辺りの家に立ち寄り、「この隣の門構へなるは、いかなる御方。」と問へば、「あれは、武蔵より渡らせ給ふ御隠居所にして、大谷右馬之助殿と申し侍る。今、よそから帰り給ふは、その孫子左馬之丞殿にて、この頃、御見舞に上りての御逗留。」とつぶさに語るを聞き届け、我が家に帰り、猶し弥増す恋の柵。涙川の深くぞ思ひ込み、侘びし憂き住まひの起ち居苦しく、焦がれて送る日頃のとけしなく、伝手の便りもなければ、明け暮れこれを案じ煩ひしが、元よりこの専九郎、子細ありて、身代稼ぐ身にもあらず。只一人の渡世には元結捻り、甲斐なき命を繋ぎて、上手の名を得しに。
 或る時、左馬之丞僕、これを聞き及びて、買ひに来りたるを、それとも知らず、煙草など呑みて、一つ二つ四方の話のついでに、思はず噂ありて、渡りに船の便りを得て、一命をなげうつて頼み掛かれば、この男、「成程、それだけの思ひならば、肝煎るべし。」と言ふに嬉しく、過ぎし頃よりの有様を書き綴り、送りければ、左馬之丞見て、「誠に賤しき者。」とあれば、「かかるしをらしき心根」感じ入り、返事して、それより深き契約と成りぬ。左馬之丞、故郷へは、「病気故、当所の谷々の景を心晴らしに眺むる」由、言ひ遣り、専九郎に別れを歎くのみなり。
 かくて歳半ば経ちて、左馬之丞、例ならず煩ひ、四、五日過ぎて、痘瘡、面に顕はれ、分けて重かりし故、家来まで気遣ひ、心地安からず。然れども専九郎は、右馬之助{*3}が前を憚りて、見舞ふ事、心に任せず。早二十日に余れば、いも乾せて湯かかりしに、面を脱ぎたる如く、その跡は、みつちや、大方ならず。次々の者まで、初めの左馬之丞ともおぼえず。世に又あるまじき器量、忽ち変じて二目とも見られず。
 自身も{*4}心元なきにや、鏡に向へば、「知らぬ不若衆か。」と思はれ、この顔して再び専九郎に逢ふ事の恥づかしく、武州木挽弥宜町へ人を遣はし、「我に似たる者あらば、尋ね、連れ立ちて来るべし。」と言ひ遣れば、金次第にて、取り違へる程の美少{*5}を上しけるを、呼び付けて、「そなたは、専九郎殿に行きて、何なりとも似合はしき用を聞き、よく奉公すべし。」と遣はすに、専九郎、つゆ程もこれに心を掛けず。只この三十日の間の、対面なき恋しさのみ胸に迫り、幾度この者を見舞はすれども、突き戻し、「今一度逢うて、思ひを晴れたし。」とばかり言ひしに。
 左馬之丞、「さては、道立てたる男。我が今の姿を見給はば、年頃の執心も冷むべし。然れども、それ程に思ひ沈まれなば、逢ふべし。」と、ひそかに屋敷に呼びて、この有様を見するに、専九郎、涙を流し、「かくも姿の変はるものか{*6}。それ故、色ある者を我に召し使へとの志」、猶々{*7}恋まさりて、みづからも顔に疵をつけ、わざと身を無器量に持ち下げ、いよいよ深き語らひ。「かかる衆道の骨髄、昔よりあるまじき心底。」と皆々感じぬるも、理ぞかし。
 「この事、過ぎし年の春よりの取り結び。」と、扇ケ谷の竹下折右衛門といへる男の、つぶさに語るを聞き捨てにして出ぬ{*8}。

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校訂者註
 1:底本は、「懸崖険処(けんがいけはしきところ)捨(すつ)(二)生涯(しやうがいを)(一)、暮鐘(ぼしよう)為(ために)(レ)孰(たれが)促(うながす)(二)帰家(きかを)(一)」。
 2:底本は、「譏(そしり)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「右馬之丞(うまのじよう)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「自身(じしん)にも」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 5:底本は、「美少年(びせうねん)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 6:底本は、「替(かは)る物(もの)かな、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 7:底本は、「をさをさ」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 8:底本は、「出(いだ)しぬ。」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。