二 付けたき物は命に浮け桶 一足飛びの地獄海船乗る事
神風や、住吉の浦静かに、摂泉の堺、ここも都めきたる柳、桜町、錦の町の夕日影、西に傾き、鳴門の浪に立ち騒ぎにし群鳥{*1}、雲に霞に見渡せば、海人の磯屋の立ち並び、煙が島もほのかに、淡路の絵島を出舟。武庫山風の心よく、和田の笠松も村雨の跡思はれて、ほととぎすの初島なども眺めの浦、難波の三つ四つ五つ、忘れ貝拾ふなる手近に、細江の藻に埋れ木の干潟に表れ、玉なす浜続きに一つの島あり。殊更に面白く、民家の軒は雪の明けを奪ひ、松の若木の内にわづかなる宮居有りしは、夷島とかや。
そのかみ、寛文八年神無月十日の夜、雨風烈しく、霰、扉を響かし、しかも暖かなる事、夏の如し。その翌日見れば、夜の内にこの島、出現せり。又、同じ霜月に霊亀上がりて、万代の例を祝ひ初めて、人家多き中にも、蓬莱屋福右衛門とて、廻船あまた、長崎商ひ{*2}の出来分限、度々利潤ありて、この度又、新造の舟出。日なみ静かなるに、男女取り乗りての酒宴。手まづ{*3}遮る盃に千代を重ね、住吉の松太夫は白幣をかざし、舟魂をいさめ、漁きかせの大蔵坊は{*4}錫杖を振り立て、「この仕合丸、上下の順風、思ふ儘に御家の栄え、千秋万歳、金銀は蓬莱屋、所繁昌と、敬つて申し祓ひ、清め奉る。」と良い事揃ひを言ひ立てける。
さて、水主楫取も、「めでたく今日の酒盛。」と順の舞の芸尽くし、面白く、暫く簾掛けし片見世に腰掛けて眺めしに、「金箱に括り付けし物は、何ぞ。」と問へば、主の翁、「あれは、浮木と言ひて、もし船破損の時、金は重き故に沈みけるも、この浮木を見て、捨てず。」と言ふに、「その時節ならば、乗る者、生きん事難し。命の浮木は。」と問はれて返答に詰まり{*5}、「御法師は、それを御存知か。」と言へば、「金銀は世に多し、舟に積むべし。命は二つ無し、かちにて長崎へ行くべし。今の世の人心、同じ風味なる藻魚を喰らはず、危ふき鰒を食らふ。この島{*6}、一夜に現ず。物に始めあり、終はりあり。一夜に滅すべきものにあらずや。君子は危ふきに居らず。すみやかにここを去りて、南の端{*7}に留まるべし。」
校訂者註
1:底本は、「村烏(むらがらす)、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「長崎(ながさき)の商(あきんど)の」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
3:底本は、「酒宴(しゆえん)して、まづ」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
4:底本は、「大蔵坊(だいざうばう)、錫杖(しやくぢやう)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
5:底本は、「問(と)はれて、金銀(きん(二字以上の繰り返し記号と濁点))」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
6:底本は、「島(しま)の一夜(ひとよ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
7:底本は、「南(みなみ)の橋(はし)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
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