三 比丘尼に無用の長刀 武士は義理の恥づかしき事
行けば筑後の国、ここも仮寝の一夜川を渡るや、何の夢路なるらん。高良山のほとり、岩根道を上るに、左の方の玉笹の内に、結びて間もなき庵に、年の程二十に二つ三つ余れる比丘尼の、阿弥陀経読誦して、聞くに殊勝さ増さり、さながら二上山をここに移し、中将姫の面影思ひ出らるる。朝日差し映りて、竹の編戸より覗きしに、仏壇の片ほとりに梨地の定紋清らなる長刀一振り、ことがましく立てけるは、仏の利剣にもあらず、行ひ澄ませる心ざしとは格別なり{*1}。
子細をその人に問ふべくも、勤行の障りとなれば、ひそかにこの処を立ち去り、苔地の葛鬘など踏み分け、里の家に入れば、主がましき野夫の、裂織といへる袖の侘しく、山刀を差して、真柴束ねて、港の方に出て渡世すと見えて、若牛に鞍置き、童子、鼻綱を携へ、破籠様の物に篠の折箸、粟飯も楽しみと見えて、女は{*2}門送りして、「仕合せの帰りを待つ。」と言ふ。「その声のふつつかなるも、かの男の耳には、いかが聞くらん。かかる縁に引かれて、田舎も{*3}住みよかるべし。」と心の程思ひ遣られ、この柴男に最前のあらましを尋ねければ、我知り顔に語りにける。
当国の城下に村井弥七右衛門とて、弓大将役を勤めて年久しく、その子息源内は、いまだ部屋住みなりしが、奥に召し使ひの腰元、蘭と言へる女、色香、品形、下々には殊更にすぐれて可愛らしく、乳母なる者にこの下心をささやき{*4}、大旦那の泊番の夜、御袋様の宵まどひの時、ひそかに乳母が手引きして御部屋に忍ばせしより、恋渡る橋と成りて、結びし水の心解け、漏らぬ契りとは知られぬ。月日は流れて早き習ひ、明くる春になり、定めの通りの出替はり。人知らぬ思ひを、誰か柵となつてこの別れをか止めん。程なく去年の今日に当たり、御暇給はりけるを、ひそかに手立てを巡らし、同所の町外れに裏店借りて、忍びて行き通ふ互の心浅からず。深く包む{*5}に、余る浮き名立つて、それより親里小野村といふ所に預け置き、夜毎に行き帰るは、思ひ深草の何がしより通ひ路繁き松原、曙の鐘を聞きて辛く起き別れ、「鶏なき里もがな。」と尽きぬ契りから世を恨みて、今宵も又、暮るるを待ちて急ぎぬ。
ここに、その頃の暴れ組、家中の二番生へ、天田新七、小須万七、水橋岩右衛門、類を引く友七、八人、この松蔭の下道に叢立ち、月薄暗き夕々は、往来の律義男をとどめてなぶり殺す。「この慰み、何の楽しみにも代へじ。」と呟くところに、源内、何心なく通るに、人声するより、さすが忍び路の気配から身をすくめて{*6}行くを、この者ども見て、「可笑しき男のなりふり、仰山こちどもを怖がるさうな。いざ、上げて落として一笑ひ。」と、一度に左右よりひたひたと寄り重なり、何の苦もなく取つて投げ倒せば、「弓矢八幡。」と刀に手をかけしを見て、「抜かせては面白からず。手を働らかすな。」と言ふに、又、六、七人取り掛かつて、後ろ手に縛り上げ、大小背中に負はせて、杖を以て叩き立て、「この罪人、急げ、急げ。」と大勢後ろより囃し立てたる{*7}時の無念。ただちに消えたき思ひ、譬へ方なく、「せめて、あの月に掛かる雲放れ早くば、一人なりとも面見知つて、後日の遺恨晴るべきもの。」と男泣き。
「この姿にて女の方へ行くも恥づかし。屋敷へは猶帰り難し。これなる淵{*8}に身を沈むべし。」とは思ひ極めながら、「又、屍の恥辱、そそぎ難し。さても是非なき次第。侍冥加に尽き果てたり。早、今鳴りしは八つの鐘。とてもここに長らへてたたずみ、詮なし。」と夢に辿る心地して、悲しくもかの女の編戸にはこび来り、足にて訪れけるに、女は早く待ち侘び、「いつもの刻限にも来り給はず。いかなる勤めの障りか有りて、今宵は。」一人丸寝の用意して、灯りをしめし、夕に変はりて物淋しく、それかれ思ひやる枕に、夢も結ばず帯解かず、袖垣のそよふく風に驚かされて腸を断つ{*9}時、この音に取り敢へず立ち出、何心なく伴ひ入れ、「最早御出無きかと存じたるに。」と、まづ火を立てて見れば、「これは、いかなる御姿。」と呆れ果てしに、源内、差しうつむき、「口惜し。」とばかり言ひて、涙をはらはらと流せば、女も、「何かは知らず、浅ましき御有様。たとへいかなる鬼神にても、御前様をその如く致すべき者は、おぼえず。」と涙ぐむに、段々力に及ばざる仕合せ語れば、「それは、是非なき所。誰か見知るべき。必ず無念に思し召さるな{*10}。」と様々諌めて、縄切りほどき、夜もすがら撫でやはらげて、野寺の晨鐘{*11}と同じく別れて帰りける。
ここに源内の従弟、鹿谷惣八といへる男、由良門之進といふ美少と、わりなく兄弟の契約したるに、或る夜の雑談のついでに、「この頃、沢田松原にての事承るに、源内殿の御事は、御自分、遁れざる間なれば、我とてもあだに存ぜず。しかれば、聞く度に気の毒千万。」と、その有様語るに、惣八も驚きながら、「確かならざる事なれば、人違ひも{*12}知らず。まづは、あだなる事にしても、よき事聞くに似ず。」と言ひ捨て{*13}立ち別れ、その翌日、源内に、「もし、この敵の様子は、覚えなきか。」と話せば、皆まで言はせず、「相手知れざる故に、有るに甲斐なき命を今まで長らへし。その沙汰せる者は、誰なるぞ。早く聞かせて給はれ。」と早、顔の色を違へ、骨髄に徹してせいたる勢ひ見えけるに、惣八、分別して、「もし門之進に聞きしと言へば、忽ち討ち果たすに極まるを、言ふべき道なし。」と思ひ、「しからば、近日穿鑿を遂げて、互に遁れぬ身なれば、諸共に討ち果たすべき覚悟なり。」と言ふに、源内、立腹して、「既に聞き給ひたる者を相手にする思案。詮議も評定も要らず。只今承らん。」と言ひつのるを、「それは、聞き分けのなき一言。平に待ち給へ。」と言へば、「その方は、親類には{*14}似合はず。外に思ひ代ふる方ありての事なるべし。今まで堪忍したるは、相手も見知らず、源内とも知るまじと思ひたればこそうち置きしに、語りたる者言はれずは、その方、遁さぬ。」と言ふに、元より惣八、門之進を厭ひけるより、「それ程に思はれなば、いかにも引かぬ。」と言ふ言葉の下より抜き合はせ、潔く差し違へて果てける。
門之進、これを聞きて、「所詮、この噂したるは、我なり。又、我に告げたるは岩右衛門なれば。」と、この仲間へ押しつけて、段々書き付け、果たし状付くれば、「さては、顕はれたり。」と、所も同じ松原にて立ち合ひ、討ち果たして、門之進も討たれぬ。
その蘭と言へる女、この事聞きて、発心しての比丘尼なり。
校訂者註
1:底本は、「各別(かくべつ)なる。」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「粟飯(あはめし)を楽(たのしみ)と見(み)えて女(をんな)が」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
3:底本は、「如何(いか)に聞(き)くらん、斯(かゝ)る縁(えん)に引(ひ)かれて住(す)みよかるべし」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
4:底本は、「囁(つぶや)き、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
5:底本は、「進(すゝ)む」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
6:底本は、「進(すゝ)めて」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
7:底本は、「囃立(はやした)てる」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
8:底本は、「河(かは)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
9:底本は、「腹(はら)を立(た)つ時(とき)、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
10:底本は、「覚召(おぼしめ)すな」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
11:底本は、「晨朝(しんてう)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
12:底本は、「人違(ひとちがひ)と知(し)らず、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
13:底本は、「といひて」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
14:底本は、「親類(しんるゐ)に似合(にあ)はず、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
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