五 椿は生き木の手足  都の御客に芸尽くし見する事

 夜だに明けば、尋ねて紀州街道に出づべきに、邪見の里のつれなく、「一人法師に宿貸さじ。」と没義道なるも、誰を恨みの葛、信太の森の下蔭に、涙な添へそほととぎす。木の葉、夏ながら紅葉に、枕に夢も結ばず。かかる時こそ世の憂きも{*1}知らるれ。更け行く鐘を嵐に伝へ聞けば九つ。「まだ宵ながら」とは言へど、辛きが為は秋より永く、遠里に麦搗く歌を伽{*2}に嬉しく、薄曇る月の習ひ、藪蚊いとど群がりて悲し。
 かかる所に怪しき姿せし者、忙しげなる足並みしどろに、「只今、御本社よりの御使者。」と八葉の車轟かし、「御名代なるは。無礼するな。」と先走り、この森の社壇開けば、「真体、葛の玉姫。」と聞こえて、静かに歩み出、立ち向ひける時、使者、車より下りて、笏取り直し、「今般の御祭礼、御旅中、御機嫌よく、今宵、祠に入らせ給ひ、京中の氏子ども、悦ぶ事限りなし。ついては例年の如く、諸国御流れを汲む無官{*3}の者に、その功の仕方によつて官位あるべし。」と子細らしく冠を撫でおろし、「その為、深草飛び丸、勅使なり。」と言ふ時、皆々、頭を下げてうづくまれば、玉姫、座をしざりて、「飛び殿、これへ。」と請じ、御社の早介に言ひ付けて、国中に廻状を遣はせば、蟻通しの歌之助を始め、暫しの内に寄り集まり、皆々、献上物を差し上げ、赤飯、山を築き、油揚げを貢ぎ、酒は堺の{*4}大和屋に念を入れ、蝗の取り肴まで運び、「この度の御事。」と上を下へと返し、酒、次第に長じて、これより芸尽くし始まり。
 「金熊寺の彦助殿。いざ、遊ばせ。」と言ふ時、「辞退申せば恐れあり。私は、里々の麦秋を志す住持玄海。」と名乗りも{*5}果てず、祈祷、八卦、月待ち、日待ちの一祈り。「摩訶般若波羅蜜。」と舌の廻らぬところはあれど、口早に繰り返し、印を結びかけ、手を打つて、その儘の法師柄。「化け功、甚だ余りあり。」と一番に御免を蒙りける。
 次に、黒装束の中納言、言はずして知られたり。雨雲の馬より真さかさまに落ちての何がし。「蟻通しの歌殿よな。」
 三番に、家原に住みて年{*6}久しきちよこ兵衛。姿は二八の花の顔、色紫の帽子をかけて、いづこへ飛子{*7}の、定めなくしどけなきなりふり。満座、「死にまする。」と悩みける。
 次に、銭箱這ひ出ける。昔の鉄輪は三足、これは一足も見えねど、尾の隠されぬが気の毒。前に貼りし御札にて、牛瀧{*8}の水四郎と知られぬ。
 五番に、水間の野老堀のぬく介。形はその儘大木と成り、両手は梢の如く、時ならぬ椿の花。折りに来る者をかどはかす。
 次に出しは、やさ姿。たとへば島原の野風、大坂の荻野{*9}にも劣るまじき風俗。衣紋気高く引き繕ひ、いかなる粋もころりとさせんその化粧。「どうもならぬ。」と興じけるは誰ぞ。「言{*10}も愚かや。乳守に名高き葛城が仮姿。大泉陵の墓荒らし。」と会釈して入れば、色黒き声高なる男。これは、佐野の櫂盗みの門之介。
 次に、鉢巻に釣髭、大小。見るから{*11}、ねだれ者。「酒手くれねば通さぬ男は、助松のねぢ助。」と、大笑ひに尻声無く、明くれば元の林になりぬ。

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校訂者註
 1:底本は、「憂(うれへ)を知(し)らるれ、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 2:底本は、「枷(かせ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「汲(く)む官(つかさ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「酒(さけ)は大和屋(やまとや)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 5:底本は、「名乗(なのり)の果(は)てず、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 6:底本は、「手(て)久(ひさ)しき」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 7:底本は、「飛(と)ぶの」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 8:底本は、「計(はか)りしお札にて手瀧(たき)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 9:底本は、「萩野(はぎの)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 10:底本は、「事(こと)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 11:底本は、「見(み)ながら」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。