二 龍灯は夢の光  見馴れぬ面影の海の事

 いづこの虹ぞ。更に今、反橋渡せる夕景色。紀の三井寺の有様、近江なる湖、ここに譬へて、「都の富士は磯。」と眺めり。折節の秋の風、吹上に立てり。白菊、数咲きて、浪に映らふ星の林の如し。これなん織姫の宿り木とも伝へし布引の松、千代ふりて、毎年七月十日の夜、龍灯の光鮮やかなる。玉津島姫の姿めきたる嫁子を誘ひ、貴賤、遊山船に酒歌の楽しみ、或いは琵琶の撥音{*1}。「楽天が髭を撫づる潯陽の江も、よもやこれには。」と自慢の男、この所に寄りなん。
 沖浪騒がしく、次第に夜更け方に成りて、人の心も空なれや。晴れ行く月{*2}の影を外になして、「龍神の灯捧ぐるも、今なるべし。見ての語り句にもや。」と群集の輩、瞼に汐風を厭はず。眺めに、首の骨も、たゆくなりける。
 昔より、所の人の言ひ伝へしは、「この光を見る事、人の中にも稀なり。随分の後生願ひ、人事を言はず、腹立てず、生仏様と言はるる程の者が、仕合せよければ、ちらと拝み奉る。」と聞きしところに、大勢立ち重なりて居るを、我慢に突きのけ、押しのけて出し男、真向に進み、珠数の緒の長きに、話半分繰り交ぜながら、「各々、あれ、見給はぬか。今、上がらせ給ふは。」と目を眠り、頭をうなだれしに、十人の内、七、八人は、磯に漁火するを見付け、「有り難し。日頃、人悪かれと思はぬ証拠、今、顕はれたり。」と顔皺めて{*3}拝み、又、二、三人は、「罪が深いやら、何ぼ延び上がりても、見えぬ。」と頭掻く程の者は、まことなるべし。
 道人は、「とても及びなし。」と、「観音堂に通夜せん。」と、初めは普門品読誦などしながら、つやつや眠る内に、その明けの空に、紫の雲たなびき、海上風絶えて、浪間に金色の光。水玉湧き返り、微妙の調べ、耳に響き、「不思議や。」と見るところに、鬢づら結ひの童子数十人、瑠璃灯を捧げ、後に無量の鳥兜と見えしは、辛螺{*4}、鮑、ぴんとしたるが、魚の尾鰭冠して、管絃を奏し、この松に掛け奉り、各々、海上にひざまづき給ひ、こなたを伏し拝むと、御厨子おのづから開かせられ、持ち給ふ一茎の蓮華を上げて、「善哉、善哉。うろくづども。」と三度うなづかせ給ひて、又、戸帳に隠れさせらるると、皆、波間に入ると、枕の鐘と、夢が覚むると一度にて、感涙、肝に銘じ、宵の後生願ひ、可笑し。

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校訂者註
 1:底本は、「掻音(かくね)、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 2:底本は、「日(ひ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「貌(かほ)顰面(しかめ)て」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「田螺(たにし)鮑(あはび)ひんと」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。