四 枕は残る曙の縁  二月籠り堂の事

 奈良坂や、露時雨のみして{*1}児手柏の色付き、雲霧の二面に渦巻き、鯉の形せる山も更なり。春日の里三條通に、軒の松、年ふりて、昔、宗親と言へる小鍛冶の住みけるほとりに、わづかなる煙、今も立てて、板屋かすかなる所に知るべの人ありて、尋ねて一夜を明かし、枕に行灯の影映りて、飛火野の秋の風、尾花が袖の淋しさを、旅の習ひと思へばなり。
 漸う三笠山に朝日の出しより、乾井の水を結びて目をさますなど、朝清めの宮巡り心ざして詣でけるに、櫟、杉叢の奥深く、殊勝さの外よりまさり、白張の袂を翻し、烏帽子可笑しげなる様したる八百八禰宜の顔つき、皆変はりて、世の中の広き事のみ思はれ、我が近付きは都に見たる、ここも紅葉の洞とて、幣取り敢へず神前に額づき、後ろに{*3}廻れば、八重桜の春思ひつる。
 三月堂、二月堂に上がりて、そもそもこの観音は、孝謙天皇、天平勝宝四年、御草創あり。宝字四年二月十五日より初めて行はれける。今に松明の奇特、灯心燃えざる事ぞ怪しき。その外、不思議の多き事、言ふに暇あらず。殊更、本堂に籠り、七日の断食する輩、願ひ成就せざるといふ事なし。「ああ、二仏中間の利益は、この菩薩に止まらせ給ひぬるよ。」と魂に銘じて、有り難く法施奉り、帰るさの南堂を拝めば、役僧集まりて物語するを聞けば。
 昨日の事、一人は三條通、晒屋伝十郎とて、角前髪、器量、人に秀で、並びなき美男。深く祈誓掛けて、この堂に籠る子細は、手貝の白銀屋喜平次娘おさんとて、姿も見苦しからず、十人は七、八人も好く程の生まれつきなるが、この伝十郎となづみ深く、数通かき口説きて遣はしぬるに、いかなる因果か、その嫌なる事、胸につかへて物も喰はれず。随分没義道に返事すれども、この女、中々にも思ひ切らず。「あはれ、大慈大悲の御影にて、かの女のふつふつ思ひ切るやうに。」と願ひを掛けて、東の片隅に、掟なれば紙帳吊りて籠りぬ。
 又、西の方は、花園町墨屋外記娘おしな、美形、この所に沙汰ある程の器量、心を掛けぬは無かりき。或る時、酒屋門十郎と言へる風流男に見初められ、「見るから、好かぬ風な厚鬢。」と思ひしに、出入る比丘尼を頼みて、これも思ひの数、書き綴り、今は千束に余れども、身の毛よだちてうとましく、「たとへ、流れの女と成るとても、あの男とは嫌」なるに、しつこく文を越す{*3}を、手にさへ取らねど、思ひやまず。「とても詮なき事に、あだ名立ちては、由なや。重ねては、文{*4}見るに及ばず」返せど、いや増しの恋草。「露の命のあらん限りは。」と言ひ来したるが病と成り、同じく、「この男に思ひ切らせたび給へ。」と、紙帳の内に断食して、両人の願ひ、微塵も違はざる事も、不思議なり{*5}。
 七日の内、願ひ成就せざれば、ひだるき苦しみ堪へ難く、叶へば五体くたびれざる由、言ひ伝へし。さる程に、この二人の者、昼夜、普門品を百巻づつ繰り返し、信心強盛に祈りを懸けし一念、豈空しからんや。既に七日満ずる暁の雲の光。音楽、空に聞こえ、内陣より白髪なる老翁、手に水晶の百八丸、蓮華に持ち添へながら枕に立たせ給ひ、両人の者に告げさせ給ふは、「汝等が願ふ所、余り底心から丹精を抜きんずる故に、納受するなり。その証拠として、これを取らするぞ。思ふ儘なる事せよ。」と天鵞絨の長枕を給はると見て、夢は夢にて覚め、枕は真の枕。二つの紙帳の間にあり。
 「これは、有り難し。」と伝十郎{*6}、急ぎ這ひ出、取らんとすれば、おしな、これを見て、「そこな男は、狼藉をする。それは、こなたに願ひ有つて、観音様から貰ひました。」と引き取るを、伝十郎{*7}、「こちも、御夢想蒙りての事。断食して力は無けれど、こなたの力に劣らんや。」と引き合ひければ、おしな、涙を流し、声立てて、「悲しや。『大事の物を遣るぞ。思ふ儘なる事せよ。』と仰せられたこの枕を、人に取らるる事の口惜しや。」と言ふに、寺僧、駈け付け、「これは、何事。」と段々聞いて、「既に、二人の心に嫌なものは、願ひの如く、やむべし。その上に、この枕一つを二人に下さるるから、『並べて寝よ。』との御仲立ち。しかも、年頃も良い夫婦。さあ、各々の分別次第。」と言へば、互に劣らぬ美男、美女。この言葉に気を付け、目を見合はせて、離れぬ夫妻と成りける。

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校訂者註
 1:底本は、「のみにして、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 2:底本は、「神前(しんぜん)額(ぬか)づき、額づき、後(のち)に」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「来(こ)す」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「又(また)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 5:底本は、「不思議(ふしぎ)や、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)本文及び訳に従い改めた。
 6・7:底本は、「門十郎(もんじふらう)、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)語釈に従い改めた。