五 誰かは住みし荒れ屋敷 姿絵針刺と成る事
ここは下総の須賀山。昔は、いかなる人か住みけん、四丁ばかりの石垣、半ば崩れかかり、茅花交じりの菫原に、器の欠けのみして{*1}、物の哀れも折柄こそまされ。「化して路傍の土と成り、年々、春草生ず。」と言へるも、眼前の境界ぞかし。側らに草の庵のいぶせきに、八十路に二つ三つ足らぬ翁の、藁沓を作りて世を渡る営みと見えて、膝の下に石火鉢、古綴りの火縄、わづかに煙を立てて、絞り煙草を楽しむより外に、おのづから求め少なきは、自然と聖賢の似せ者なるべし。立ち寄りて、上総への道筋をついでに、「これなる屋敷は、いかなる古き跡なる。」と問へば、語りぬ。
昔、この所に高塚沖之進とて、代々、ここを領じ給ひ、御家の繁昌に時を得て、隣国の太守の娘を娶りけるに、この奥、或る夕より、気色例ならず。床に起き臥し悩みて、今はの時、御念仏を勧めて、久しく垢づきたる蒲団を取り代ふるに、御乳乳母、御枕の下より、物書ける杉原一枚取り出すと、呆れし顔してその儘、懐に押し入れ、かたへに行きて、よくよく見れば、二十一、二歳の女の姿を書きて、四十四の骨々に空きども無く針を立て並べ、さもすさまじき調伏の形。身の毛よだちて怖ろしく、その着る物の色、下に黄無垢、白無垢の衣紋。上には、芥子鹿の子の少し古びて、菊流しの模様染、帯の縒り金{*2}。顔立ち、目元の上脇にほくろの有るまで、ありありと書きたるは、その儘、奥様の生き写し。
「思へば、この度の御煩ひ。これは、いかなる者の仕業ならん。さても悲しき憂き目見る事よ。御小さき時より今まで育て奉りて、御心も人にすぐれさせ給ふに、あさましきこの有様。穿鑿せでは、堪忍成り難し。」と、ひそかに沖之進に語れば、「それは、憎き仕方。糾明の仕様あり。」と言ふ内に、奥様の御気色変はり給ひて、立ち騒ぐ内に息引き取らせられ、二十一歳。惜しむ人は必ず死する習ひ。嘆きて帰らず、野辺の煙とは成しぬ。
この事、七日経つと詮議するに、「まづ、御寝所に相詰めたる者ならで、御枕下には置かぬ筈なれば、腰元のゑん、御髪上げのもん。禿どもは除きて、この両人の内なるべし。」と、ひそかに奥の{*3}一間に呼び寄せ、「かやうの事、他所よりする業にあらず。極まつて二人の内に紛ひ無し。子細、早く白状せずんば、あらゆる責めにかけても、言はせねば置かぬが{*4}。」と言へども、元よりこの者ども、その覚え無ければ、口を揃へて、「これは、勿体なき御意を蒙る。身にさらさら覚え無ければ、たとへ、いかやうの責めに逢ふとても、申すべき事なし。常々、奥様の御心やはらかにましまし、細かに御気つかせられし御恩の報じがたなく、御果てあそばしてより、只今の悲しさこそ一方ならね、かへつて思ひ寄らざる御改め。いかなる因果。」と涙を流し、声を上げて泣き出すを、「何程に陳じても、おのれめをその儘置くべきか。とても、やはらかなる内には、言ふまじき気色に見えたり。それ、責めよ{*5}。」と下知をなし、大裏の椋の木に括り付け、寒き嵐に湯具ばかり、三日の間、水をも{*6}呑ませず。随分、術なき責めを巧みて、「これを思ひ知れ。」と、内股より始めて針を差し込みける、この辛さ。
「見ぬ後の世の剣の山は{*7}、なまなか命の早く消えんもの。」と涙にくれて、「死する事は定業なるべきが、『いかなる悪事を巧みて、この如く殺さるる。』と只、人の心底に嘲られん事の口惜し{*8}。」と言へば、「まだ責めの軽くやあらん。」と、堀の深く湛へし所に、足に石を括り付けて追ひ込み、首ばかり出させ置きける。頃は十二月二十二日、殊更、その近年稀なる寒じ様。雪は降らずして、竹の割るる音、昼夜やまず。あの山蔭の瀧氷りて、音絶ゆるばかりなるに、二人は水の中に、一日一夜は息の通ふ程念仏して、五日目の暮に、両人、声を上げ、「科なき事に一命を取り、主なればとて、非道は立つまじ。この一念、終に思ひ知らすべし。無念や、口惜しや。」と罵りながら、その堀水の泡と消えぬ。
この女の兄弟はあれど、主命、力無く、過ぎぬる月日。沖之進、今は召し使ひの下女、あまた用無ければ、皆々、御暇給はる内に、物縫ひのゆたは、御病中よりその身も煩ひ、程経て里に帰りしが、暇遣はさるるにつき、着替ども取りに来り、「私が手馴れし{*9}大事の針が見えませぬ。御乳の人、詮議し給はれ。」と言へば、「針程の物が、何と穿鑿が成るものぞ。」と言ふに、「それは、百五十里あなた、京の御簾屋{*10}伊予が上磨き。男なれば、刀脇差と同じ、私が針。」と言ふに、「尤もなり。何に刺して置いたるぞ。」と問へば、「それは、隠れもない、奥様の御煩ひ前に下されたる衣装絵の雛形に。しかも七本刺して。」と言ふに、御乳は、つと思ひ当たり、かの呪ひたる絵を出して、「これか。」と言へば、「成程、これこれ。」と悦びて帰りき。「さては、責め殺せし女には、科なかりしものを。」と言ひて返らぬ非道。
その年経たずして、御乳、頓死をし、沖之進はその翌年、「怖ろしや。氷の剣、身を通す。」と喚き死にして{*11}消え、後は散り散りに潰れて、財宝、春の雪の如く、きざし出る草原と成れり。
これを思へば、確かならざる事に人を疑ひ、鼻の先なるは{*12}女の心より、針を棒に取りなせし業なり。今にその屋敷残りて、雨の夜、そぼ降る{*13}日には、化したる姿見ゆる由。「抜苦与楽の資糧にも。」と、法華経の提婆品読みて通りぬ。
校訂者註
1:底本は、「のみにして、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「寄金(よせがね)、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)語釈に従い改めた。
3:底本は、「竊(ひそか)に一間(ひとま)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
4:底本は、「置(お)かぬと」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
5:底本は、「和(おだやか)なるうちにはいふまじき気色(けしき)に見(み)えたり、責(せ)めよと」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
6:底本は、「水(みづ)も」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
7:底本は、「山(やま)か、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
8:底本は、「口惜(くちを)しさと」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
9:底本は、「私(わし)が大事(だいじ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
10:底本は、「住屋(すみや)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
11:底本は、「叫(わめ)き死(し)して」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
12:底本は、「先(さき)なる女(をんな)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
13:底本は、「夜(よ)や月(つき)ふる」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)語釈に従い改めた。
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