五 見て帰る地獄極楽  法師の軽業命勝負の事

 僧、仏を売りて世を渡る。四国の海の深き巧みをして、浅き衆生を迷はす事あり。これ皆、心の闇。
 秋も末つ方に風絶えて、類船、ここに寄せ、泊りの磯といふ所に一夜を明かし、山は南に讃岐の国の浦景色。松も殊更に年経り、一しほ眺めに続き、これなる苫の屋に海士の子どもの集まり、今、仏法の昼なるに、仏壇を飾る三具足の鶴亀、華足等をそこそこに投げ遣りて、草庵おのづからに荒らし、邪見の浜里。見る{*1}に痛ましく、「かかる狼藉は。」と塩木樵る翁に尋ね侍るに、重荷を岩にうち懸け、眉毛の白うして長きを押し撫で、とがり㭷に諸手を助けてたたずみ{*2}、子細を語りけるは。
 「過ぎし年、この所に空楽坊とて、修業に功を積み、不思議、様々振舞ひ、たとへば金比良の嶽、三十余丈の所を鳥より軽く飛び、法談の言葉に花降り、聴聞衆の内の善人、悪人を見通しに、よろづの失せ物{*3}までこの僧に頼み、その外にも奇妙を見せければ、近郷の優婆夷、群集して尊み、日に増して繁昌。初めは篠竹四本の仮葺なるも、後にはおのづから結構に美を尽くして、この一庵を建立し、今年の春より先だつて、『六月十五日の日中に往生すべし。』と言ひ触らし、前かどよりその用意に臨終壇を飾らせ、三ケ国に触れさせ、月日は{*4}早く流れて、程なく水無月中旬になる時、近国より集まる人、数万人に及びければ、四丁四方に矢来を結はせて、兼ねてその儀式を飾り、十五日の朝、装束を改めて床に座すると、西の方に向ひ低頭合掌して、快く終はりを執れり。遺言として椅子に載せ、これを拝ませ、『三日の内は、結縁の為に。』と、勿体なくもその昔、霊山の釈迦入滅に異ならず。群集して、散銭{*5}、山の如し。
 「さて十八日の朝、弟子なる者、諸人{*6}に向ひ、『常々、空楽申されしは、遷化したりとも、暖まりある内は、荼毘すべからずと言はれし。不思議なる事は、今に暖まり冷めず。』と言へば、『もし万一、蘇生し給はば、何かあらん。かく有り難き御僧の、又世に出で給ふともおぼえず。』と言ふ時、息出で初めて、『夢のさめたる心地なり。』と眼を開き、『さても我、この度、地獄極楽を見て来りしに、日頃各々に教化したる通り、後生の願ひやうにて、八寒八熱の苦しみに落ちんとも、金銀の{*7}真砂の楽しみなる所へ行くべきとも、望み次第。見せらるるものならば、疑ひ多き者を連れ立ちて見すべきに。構へていづれも嗜み給へ。その証拠に、閻魔大王より御判を賜りし。これ、見給へ。』と背中を脱げば、七の椎に、『王』といふ文字の下に、大きなる判据はりたるを、皆々拝みて、今まで、『未来のあるか、なきか。』と疑ひをなせし者も、これに我を折りて、信心を起こしぬ。
 「この事、国中に隠れなく、おびただしかりしを、国の守より御尋ねあり。この僧を召され、『末代に及びて、この類の事、あるべき事にあらず。その閻魔の判、改むべし。』と裸になして見れば、黒く煮え込みたるやうに、ありありとあり。洗へども落ちず。『これは、合点行かず。とかく一責め責めて見よ。』とありしに、水をくれても落ちず。鉄砲にかくる時、『もはや、何を隠し申すべき。この命ありての事。跡形もなき作り事なり。余り貧に生まれつき、銭の欲しき余りに、かく偽りを巧みたり。』と言ふ。『しからば、その王の判は、いかなる事ぞ。』と言へば、『三年以前、背中を彫らせ、入墨致させたり。』『さて、高き所より飛びたるは、いかに。』と尋ねけるに、『これも二年の内、高き所から再々飛びつけ、練磨の功にて、下へは飛べども、上へは成らず。』とありの儘に語るを、その儘成敗にもすべきを、それさへ出家と言へる徳にて、うつろに{*8}作りて縛りながら乗せ、行方、白浪の定めなき。浮き世に、かかる事もあるぞかし。
 「今は言ひ出す人もなく、残る物はあの庵に、立像の弥陀如来も、これに信心を失ひ、誰参り下向の者もなく、けうとき破窓に月の夜な夜な通ふのみにして、風の音もすごく、昼は童子の遊び所と成りぬ。誠に仏法の瑕瑾なり。」と語りぬ。

前頁  目次  次頁

校訂者註
 1:底本は、「見(み)ゆるに」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 2:底本は、「押撫(おしな)で、朸(あふこ)に諸手(もろて)を助(たす)けて徘徊(さまよ)ひ」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 3:底本は、「失物(うしなひもの)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 4:底本は、「三ケ国(こく)触(ふ)れさせ、月日(つきひ)早(はや)く」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 5:底本は、「賽銭(さいせん)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 6:底本は、「もの数人(すにん)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 7:底本は、「金銀(きん(二字以上の繰り返し記号))真砂(まさご)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
 8:底本は、「うつろを作(つく)りて」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。