四 織物屋の今中将姫 通力の神も筆の事
古代より杣を入れず、櫟の梢茂り、位山の景色{*1}、名に触れて面白く、折節の涼しさ、夏無き飛騨の山里に入りて{*2}一夜を明かしけるに、賤の手業には優しく、上機の筬の音、枕に響き渡り、夢も結ばぬ旅宿の主、取り交ぜての物語のついでに、不思議なる事をこそ申し侍れ。
この里に岡村善太夫といふ夫婦、四十余歳まで一子も無き事を嘆き、尾州熱田の宮に宿願を掛けしに、祈るしるしの申し子、その程無く誕生して、鄙には並び無き形の娘なりき。次第に成長して、五歳より教へぬ道の読み書き暗からず。七歳にして詩歌を連ね、十一より所習ひの紬縞営みけるに、さのみ余の女に手業の違ふ事も無くてありながら、人の三日に一反を織り下すを、半日に織りて、しかもすぐれて美しく、これ故、この家富貴して、殊更、仏の道うとからず。人皆、申し習はして、「今中将姫。」と言へり。
この娘、毎月朔日に八釼の宮へ参詣しけるに、国里隔てし遥々を、一日の内に下向し侍る。この事疑ひて、様子を尋ねけるに、尾張の事ども、道すがらの有様、委細に語りけるを、その後、聞き合はせ侍る{*3}に、少しも違はず。いよいよ奇異の思ひを成しける。
程なく十五歳に成りて、都にもあるまじき程の美形。ここの山家に焦がれ、嫁に望み、入り縁の願ひ、若者どものこれをなづむ事、限りなし。善太夫夫婦、次第に家栄えければ、おのづから娘自慢して、世上を見合はせ、今に婿といふ者を定めず。かれこれ見合はせ、里続きの長に菅垣伊兵衛と{*4}言へる人、よろづに不足なく、材木の商売して世を渡りけるが、これに望まれ、一子の{*5}伊之助にめ合はせける。
時に不思議は、この娘、最愛の心出しより、熱田へ詣での通力も失へり。機の早業も常の女の如く成りて、形もいつとなく見苦しく、山家育ちの風俗と成れり。
「世には、かかる希代もあるものぞ。」と、この事を語りぬ。
校訂者註
1:底本は、「色気(けしき)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「山里(やまざと)に一夜(ひとよ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
3:底本は、「聞合(きゝあは)せけるに、」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
4:底本は、「伊兵衛(いへゑ)いへる」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
5:底本は、「一子(し)伊之助(いのすけ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
コメント