五 御代の盛りは江戸桜 袂から敷金の事
同じ桜も、良き所に咲きて人に見らるるこそ、花も仕合せなり。
或る時、武蔵に行きて、浅草の辺に一夜を明かし、折柄、八十八夜の朝霜、旅の草鞋に踏み分け、上野の春に遇へり。さながら吉野をここに、花の都も及ばざりし景色。黒門先より末の松蔭まで唐織の幔幕うたせ、袖重ねの衣装尽くし。鹿の子ならざる小褄も無く、美を飾りての女酒盛。撥音の色糸、或いは一節切に吹き立てられ、褄返しの紅裏などほの見え、かかる法師の身さへ、心、浮か浮かと成りぬ。又、糸桜の蔭に、散り前を惜しむ少年の交じり、衆道は、ここ{*1}こそ盛り。張り強く、情け深く、これ又、見捨てて帰る雁つても無く、筆の林の墨染桜の元に、玉虫色の繻子の広袖を着て、厚鬢、後下がりに剃り成し、金鍔の一差。氈敷かせて座して、優しき花は見ずして、古文の上巻を開き、朱を以て頭書き。「おのが宿にても成るべき事を。無用の出過ぎ者。」とは思ひながら、千差万別の人心。殊更、天下の町人、思ふ儘なる世に住めるは、有り難き時津風、静かに。
並木桜の蔭に通町の中橋辺の何がし、騒ぎ歌に四、五人、頭を振つての手拍子。いづれか当世男ならざるは無し。酒も半ばのところへ十七、八なる若衆、空色の小袖に唐獅子の紋所。黒繻子の袴、股立取つて、掴み差しの大小。浮世笠にて顔を隠し、羽織は小者に持たせ、かの小歌、立ち聞きせしが、遠慮も無くその座に入りて、豊かに座して、捨て盃を取り上げ、給仕せし小坊主に、「注げ。」とて差し出しければ、溢るるばかり盛りかけ、各々、美し過ぎて興をさましにける。
その座に伽羅屋の新吉と言へる美男に、「二世まで思はれたき。」とて、飲み残して手より手に渡しけるに、いづれも酔ひの紛れに、無分別に声を立て、「祝言のこと始め。三国一。」と謡ひける。その後、盃数々に巡りても、この若衆、笠を取らず、さらに心打ち解けず。暮方まで帰りも遣らず、折々酔狂に見せて、新吉が膝枕して、「ここを、かりの情け。」と空いびきせしとは思ひながら、嬉しさ袖に余り、「戯れも、今ぞ。」と思ふ時、江戸に住む粋の付き合ひ。一人一人外して、残る者とては、松の夕風、弁当取り置く親仁ばかり。しかも耳うとく、首尾ならばこの時に成りぬ。
かの若衆、ほとりを見合はせ、花より先に人の散る事を悦び、左の袂より金子三百両包みしを取り出し、新吉が膝の上に重く置きけるは、少しさもしきやうなれども、苦しからぬ物なり。その後、耳近くささやきしは、「我が親とても{*2}、親類も無く、あだに朽ちぬる花なれば、行く末までを頼むなり。不憫をかけて、見捨て給ふな。」と顔にまことを顕はし、少し涙ぐみしは、恋といふ只中。その儘消えたき程に成りぬ。様々誓ひして、「命を限りに。」と申し交はせしは、前後の弁へも無く、愚かなる事ながら、その身に成りては理にぞありける。
暫しの内に打ち解け、忍び笠も脱ぎ、心の程を顕はしけるに、この人、まことは女小姓なり。新吉に、まだ婦妻の無き内証をよく知りて、かくは仕かけ侍る。この面影を思ひ合はすに、いつぞや、さる御寺にて見しやうに、思ふ程、それなり。とかくは不思議晴れ難く、我が宿に連れて、子細を聞くに、「腹に訳ありて、産み月も近き難義を思はれ、長老様の送られける。」と思案して、仲人無しの縁組。
これ、仕合せの始め。近所へ広めて千秋楽を謡はせける。相生の松風、猶千代かけて、夫婦の中橋に住み成して、「東の伽羅屋。」とその名を残しぬ。
校訂者註
1:底本は、「爰(こゝ)にこそ」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「親(おや)として親類(しんるゐ)」。『西鶴諸国ばなし 懐硯』(1992)に従い改めた。
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