三 古帳よりは十八人口

 富貴は悪を隠し、貧は恥を顕はすなり。身代時めく人の言へる事は、横に車も退いて通し、世を暮しかぬる者の言ふ事は、人の為に成りても、これを「良し。」とは聞かず。何に付けても金銀なくては、世に住める甲斐なき事は、今更言ふまでも無し。諸町人、その合点はして居ながら、身の一大事を忘れ、いつも月夜に釜を抜かれ、借銭乞と無理の口論。「大節季の闇。」とは、元日より早、知れけるぞかし。
 「今の世に商ひ事無き。」と人毎に言へり。これは、大きに算用違ひ。昔とは格別、諸商売多し。そのためしには、大坂の堺筋に、椀、折敷、重箱、よろづ塗物屋ありしが、親の代、寛永年中の古帳出して見るに、一年の売り物、七貫に足らず。この利合にて、上下六人口を過ぎて、それぞれの正月着る物、餅も世間並に搗きて、よろづの請け払ひも、極月二十五日より二十八日までに仕舞ひ、晦日には、「年忘れ。」とて、暇なる年寄、友達を呼び集め、小鴨の汁に鰤の焼物にて振舞ひ、酒の上の大笑ひ。少しも心に懸かる事もなく、内証仕舞はれけるに。
 今、我が代になりて、親仁の時よりは商ひ、大分にし増して、毎年四十貫目余の売り帳。人も、その時とは増して十八人口になれば、「以前より、世に商ひ事のない。」とは言はれざりしに、年々手詰まり、両替屋より日借りの小判、二日切りの手形銀。二割の利銀を構はず、まづ請け込みて、当座払ひに埒を明け、門は礼者の通るまで天秤を鳴らし、やうやう仕舞うて、「嬉しや。」と革袋枕に、残る物とて悪銀ばかり十八匁。戸棚、掛硯には錠も下ろさず、銭さしの塵も掃かず、掛乞の呑み捨てたる煙草盆、自堕落に、灯し火は土器の中に燃え入り、我が身をおぼえずいびきをかき、夜の明け方まで目の開く者は無し{*1}。
 母親、隠居の戸を開けて下女を起こし、大豆殻にて鍋の下へ焚き付け、膳立てするも、顔膨らかし、久七に、「若水汲め。」と言へば、「御家久しき人に汲ませよ。半季居は、御作法知らず。餅が煮えたら、身祝ひに喰はう。」と言ふ。手代も主の事を構はず、久七に足をもたせ、「ひとり目の開くまで我を起こすな。向ひ殿の若い者は、我等よりは三年遅う奉公して、早、今年、日野絹の御仕着せ。脇差まで貰ひしに、いかにしても、算崩しの布子で立ち並ぶも恥づかし。昼の内は、門へは出ぬぞ。」と言ふ。小者めまでも、同じやうに口を叩き、「今年は恵比寿殿に憎まれたかして、塩鯛無しに雑煮据はる。」と言ふ。その外の下人ども、絹帯を木綿帯の不足、又は雪踏の代はりに皮草履、少しの事に機嫌悪く、用言ふ事も、よそに聞かせ、大勢の人を使へる甲斐は無し。
 「これ、親方のすべき事せざる故。」と母の親、元日早々、涙をこぼし、過ぎ行かれし連れ合ひの事思ひ出して、持仏堂に香花を取り、「長生きしての後悔。」と大声上げて歎かるるに、いづれも目覚まして驚きける。これ、不孝第一なり。母の悲しみ、その身の事にはあらず。我が子を人に侮らせ、世間の外聞かたがた、「口惜しき。」とばかり思ひ詰められしは、女心には道理千万なり。「親の時より、次第に仕似せたる店にて、今、大分の商ひ事ありながら、何とて節季節季に手詰まり、迷惑する事ぞ。」と言へば、母親、「ここは言ひ所。」と男の如く膝を立て、畳を叩き。
 「我等が世帯の時は、雀の鳴かぬ内に歯黒を付けて髪を結ひ、下女が水汲む内に茶の下へ焚き付け、米炊ぐ間に寝床を上げ、丁稚に行灯掃除させて、その油紙にて煙管を磨かせ、その後にて敷居の溝を拭はせ、捨てる所は塵籠。隅々までも気を付け、芝居近くへの使には朝飯より前に遣り、遊女町の近所へ遣る時は、用事、俄に言ひ付けて、帯も仕替へさせず、鼻紙入を取り廻す間もなく、庭よりすぐに遣はし、一つ釜の加賀米に、はしらかし汁。鰯菜も同じやうに据はりて、主、下人の隔てなければ、朔日、二十八日に膾せぬ事も改めず。精進日には香の物にて朝夕、『御主の御蔭。』と箸箱を頂き、『風の吹く日、寒からぬも、新しき綿入の布子故。』と襟の汚るるをも厭ひ、万事おろかにせざり。
 「我等も、不断は花色染の木綿着る物に、紬の帯一筋にて姿を作り、嫁取り振舞ひの時も、浅葱に散らし菊の絹の物、繻珍の帯に紫革足袋にて花を遣りしに、今、これの御方の常住の風俗を見るに、肌着に白小袖を離さず。中には鹿子、上には黒羽二重の引つ返しに、藤車の紋所を石臼程にして付けて、役者の着さうなる袖口。百品染の白繻子の帯を、腰の見えぬ程まとひ、透き通りのたいまいの挿し櫛を銀二枚で誂へ、銀の笄に金紋を据ゑさせ、珊瑚珠の前髪押さへ。針金入の刎元結を掛けて、素顔でさへ白きに、御所白粉を寒の水にて溶きて二百遍も摺り付け、手足に柚の水を付けて嗜み、炬燵に紫蒲団を掛け、茶繻子の引敷、延べの鼻紙に壺打の楊枝取り添へ、煙草の火に伽羅を焚き掛け、煎じ茶を台天目にて運ばせ、手元に『源氏物語』。いたづらに気を移す事を年中の仕事にして、花見、紅葉見の乗り物、芝居の替はり替はりに桟敷をとらせ、中居、腰元、御物師連れて、針を蔵に積みたればとて、溜まる事にはあらず。」
 諸事に付けて、内証の奢りより身代を潰しぬ。御方は、我が男一人に見する姿を遊女の如く作り、男は又、一代連れ添ふ女に、無い物もある顔して、よろづ隠し、内の肌着に不断緋紗綾の下帯かく事、人の知らぬ費えなり。傾城狂ひするには、我も人も全盛所{*2}なれば、風俗作るも理なり。これさへ今時は賢く、常の衣類にて通へど、揚銭の済む事を喜びける。
 されば、人の花嫁といふは、親にかかりの部屋住みの内、又は、呼ぶとその儘に世帯請け取るも、わづか一とせの程は、互に堪忍し合ひて、男の気を取り、御隠居に恐れ、下人、下女が身の上も、よしなに言ひ成し、「もし去られては大事。」と只、心一つにこの家の栄え行く末を祈りしに、程なく総領生まれて、尤も手前よろしき人は、乳母を取つて育てさせけれども、早、女の身持ちおのづから自堕落に成りて、俄に古めき、昔の形、見ざめして、恋もよそに成りければ、女房は殊に悋気つのり。
 二十に足らぬ口から言葉荒らして、親里より連れたる女を相手にして、「我が身は果報の少ない者ぢや。伏見町の呉服屋からも言うて来る、天満の酒屋からも人を頼み、『是非呼びたい。』と言うたに、仕合せのあるが内に、こんな塗物屋へ語られて。後から剥げる事を。念仏講の同行平野屋の久斎様に騙された。これ程気が尽きては、やがて死ぬるに間は無い。金入の{*3}鳳凰の小袖は打敷、花車の縫ひの袷は天蓋、幡にして、御寺へ上げて。手道具は焼いて捨てて。浮世に塵も灰も残らねば、何か気にかかる事無し。一人ある子も、疱瘡せねば、命も定め無し。あれが事さへ不憫に思はず。」と。
 その後は、鼠の喰ひ物も取り置かず、麻袴の皺の寄り次第。亭主の留守には夜食好みして、「大方、これのたはけが帰る時分ぢや。」と、油火の灯心を細め、御所柿の皮を知れぬ所へ捨てさせ、何の事もない座敷を、『家鳴りがする。』と言ひ出し、人の心を悩ませ、この家の衰微を喜ぶ。女の心、その時その時に移り変はり、恐ろしき物ぞかし。その男の身にしては、寝覚めうるさく、後には、する程の事、目に飽きて、暇書きて埒を明けける。世に女房去る程、身代の障りに成る{*4}事なし。女も又、再びの縁付き、必ず初めには劣るぞかし。
 とかく、世間の外聞構はず、婿は目下なるを取つて良し。嫁も又、我より軽き方より迎へて良し。提灯に釣鐘、かけ合はぬ事すれば、内証の火の消ゆるに程近し。この椀屋も、良い舅に万事真似て、身上を倒れける。

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校訂者註
 1:底本は、「なかり。」。
 2:底本は、「全盛(ぜんせい)なれば」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「金入(きんい)り鳳凰(ほうわう)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「障(さは)りなることなし。」。『西鶴織留』(1993)語釈に従い改めた。