二 五日帰りに御袋の意見
六分に廻れば、大屋敷買うて貸し家賃取る程、確かなる事は無し。火難一つの気遣ひ、それは百年目。十四年には元銀取り返し、地は永代の宝ぞかし。近年、分限なる者ども、我が名代にして家を求めても、貸し屋の出入りを難しく、たとへば百貫目にても、その高に応じて帳切り銀さへ才覚すれば、何程にても銀子取り替へ、家の主となし、年寄、五人組の連判にて売り券状の上に、利銀は家賃分にして、これ、確かなる貸し物なり。又、借り手の心せはしく、しかも内証にて{*1}済む事にあらねば、町所へ外聞を包むにもあらず。「何が勝手に成る事ぞ。」と言へば、西国を引き請けて新問屋する人、又は請け判に立つ人、或いは在郷より敷銀の付け養子、又は嫁を呼び入るる思案にて、まづ居宅見せかけにして、自然と良い事をし済ましたる者もあり。
今時の縁付け、仲人、十分一取るによつて、大方は騙り半分なり。娘の親の方には、偽り言ふにしてから、二十二、三までも振袖着せて置いて、十七の八のと年を隠す分にて、別の事なし。男の方に偽り言ふからは、頼み、言ひ入れの絹、巻物、包み銀も当座借りにして、婚礼調ひ、敷銀を請け取るといなや、乞ひ詰めらるる手形銀を済まし、早、五日帰りより物毎に品悪しく、仲居、御物師も、「今日までの約束。」と、祝儀の少なきに不足言ひて、嫁御の乗り物より先に立つて帰る。里への土産物に、菓子屋へ杉重取りに遣はしければ、「前々の銀子、大分なれば、又その上には掛け商ひ、ならぬ。」と言ふ。肴屋からは、ある鯛を、「ない。」とておこさず。やうやう紙屋を文作り、何にもかにも、杉原を進上物に嫁を{*2}送れば、介添、御乳は帰り帰り、不首尾一つ一つ御袋に告げて、「まだも{*3}足元明い内に御分別をあそばし、荷物取り返しに。」と言ふ。
女の身の悲しさは、ここなり。早、自由{*4}ならぬ事ぞ。世の聞こえもよろしからねば、何事も沙汰無しにして、帰しざまに、「敷銀の事は是非もなし。『衣装、手道具を貸せ。』と言うて質に置かれては、取り返し無し。何事も、『母人に問はねば成りませぬ。』と、小袖一つも貸す事なかれ。もし姑がつらく当たらば、こなたへ見舞に来る度毎に、二つ三つの鹿子の物を、知れぬやうに風呂敷に包ませ、幾度にも長持を空き殻にして、縁を切る合点に身を取り廻したが良いぞ。とかうする内に、身持ちになれば難し。子ない時に、余の男を持ち替へたが良い。
「男に飽かるる仕掛けは、朝寝して、髪結はず。『気が尽きて、立ちぐらみがする。』とて、昼も高枕して物言はず。朔日、二十八日にも無理に顔つきをして見せ、膾、焼き物も、『口に合はぬ。』とてせせり箸して、忙しき中に汁、粥を好み、一門付き合ひにも阿房気質に見られ、三日に一度づつ、『かかさま見舞。』と言うて帰れば、後には、いかなる男も退屈して、物言ひする時、『御気に入らぬ女房を一日も見てござるが悪い。さらりと埒の明く事ぢやに。世界に女日照りはせず。御物好きなる当世娘が何程にてもござる。私が横太りて風俗の悪いは、十貫目の敷銀と、今でもとと様のお果てなされましたれば、新地十間口の家、しかも浜にて、裏に貸し蔵まで建ち続きしを、所務分けに取ります。この家と銀とで見て貰ひます。」と我が儘に言ひつのり、まことのつまりには、この方から埒明けて、せかずとも黒髪の先少し切りて投げ付け、近所へ響き渡る程泣き出し、人集めして、その儘立ち帰れ。」
親の身として、「世帯を大事にかけよ。」と言ふべきものを、「男憎みして戻れ。」と悪事を言ひ含めけるは、よくよく婿のし方のよろしからざる故なり。「女の大事、ここぞ。母が言葉を一つも忘れな。」と言へば、娘もこれを至極して、その心に成りて男の方に帰るに、一日づつ夜を重ね、なつかしげなる心、互に通ひ、「いかに親の御意なればとて、又、男を持ち替ふるも、人の本意にはあらず。」と母の手前を背きて、内証の勘当構はず、男と一つになつて、身の裸になる事はさて置き、後には手せんじする事、世にある習ひぞかし。昔の名残に有る程の小袖、一つ一つ質に置き上げ、人の帷子時に古袷を身に掛け、世上に綿入着る時、解き明け物に風を凌ぎ、世に有る時の形は無かりし。
「物毎、後には合点の行く事あり。貧者になつて、当座逃れに質を置き、請け返すといふ時節なければ、当銀に売り捨てて渡世をすべし。」と年久しき小世帯人の語りぬ。とかく、年々積もりて恐ろしきものは、質屋の利銀ぞかし。生平の着古し一つ、加賀の茶小紋の夏羽織、この二色を、そもそもは元銀七匁五分借りて、秋より明くる年の夏まで預け、元利揃へて毎年請け出し、置いたり取つたり、十九年に十七匁一分の利を済まし、近年は次第に元銀下げて、やうやう五匁五分づつ借りて、今に預けける。
又、家質の事も、よき商ひを見掛け、手廻しの為に借る人{*5}は格別。親代よりその宿賃にて世を暮らせし人、子の代に成りて、無用のつづくり普請、又は、己に過ぎたる万事の奢りより、内証さしつまりて、同じ軒を並べて我が物食へば、何か恐るる事もなきに、加判して貰へば、五人組、年寄に口を垂れ、早、町中の思ひ入れ替はりて、町代も外程には腰かがめず。髪結も遅く廻り、心掛りの事ども、いと口惜し。物見、花見にも、友は変はらず誘へど、何とやら肩身すぼりて、覚えたる世間話さへ控へて、おのづから人の交じはりうとし。
この家質置く時より、何して済ますべき分別無しに借りければ、程なく利銀一つ書き込み、手形仕替へて年を重ねし内に、売り出しも残らぬ程に成りて、その切りを過ぐれば貸し主より催促せられ、埒の明かぬ事に、幾度か町内へやかましき事を聞かすれば、最前は、「愛しや。」と悔みし年頃別して語りし人も、後にはうとみて、貸し方のせりたつるやうに内証言ひて、是非なく家を渡せば、老母、ひとしほ歎きて。
「この町に井戸の一つもない時より、この屋敷を求めて、『二代も手のかからぬやうに。』とて節無しの六寸角。この年まで、この大黒柱にもたれかかつて、水貰ひに来る者に、『かみさま。』とて腰をかがめさせ、茶事の座敷へも三番と下がらず。連れ合ひの蔭にて人にもて囃されしに。『一人も一人から。』と、倅が一心悪き{*6}故、今となつて穴のはたを覗きかかり、『葬礼はこの家から。花を降らして浮世の門出。中戸の上の高いは、玉の輿の自由に出るやうに。』と、こんな事まで気を付けて置かれし所を、別るる事の悲しや。」と空き蔵を眺め、杓子掛けを引き放ち、庭に豊後梅の花落ち頃なるに、これも恨めしさうに、「毎年五月には、三斗四、五升も取りけるに。思へば惜しや。」と枝々を叩き落とし、「この木、我が涙、枯れいかし。」と無理なるし方。女心には道理千万と言へり。さぞ離れ難き心底、思ひ遣られし。一子、覚悟の悪しさに、かかる憂き目を見せける。
しかし、人の身代、智恵才覚にもよらず。その廻り合はせにて、その家畳む時は、他国して再び稼ぎ出し、古里に帰り、妻にも錦を飾らせてこそ本望なり。女房に心引かれ、その所にて指をさされ、かすかなる住まひするは、人間にはあらず。
その頃、大坂の西浜にて商売せし人、数年愚かなく、渡世大事にせしに、様々振り替へても思はしからず。「いまだこの身無事の内、遠国に立ち越え、身過ぎなるべき所を見立て、老いの楽しみは金銀なり{*7}。」と思ひ極めて行くに、中国路は上方に近ければ、諸事、都に変はる事なし。四国の内も思はしからず。九ケ国の内を残らず巡りて、薩摩国の城下に着きしが、長々の路銭に尽きて、旅寝の宿を借るべきたよりもなく、和泉屋町大小路といふ所は船着きに近く、いつによらず米、味噌、塩を売る為に、灯し火家々に、いまだ寝ぬ宿もあり。
せめて餅屋を尋ね、門の戸を叩き、「餅買お。」と言ふ。夫婦ながら、今寝たと聞こえて、鼠の荒るるを追ひ廻しけるが、かかが聞き付けて、「餅は、いくらがの。」と言ふ。「五文がの売つて下され。」と言ふ。亭主が声して、「寝てからは、五文や十文がのは売らぬ。」とて、その後は返事もせず。「さても、この所、稼ぎて見たき湊なり。五文が餅を売らぬからは、商ひ事の有り余ると見えたり。」と。身上ここに極めて、一日暮らしに年を重ね、わづかの油売りより元手仕出して、次第に家栄え、「これと申すも、仏神の御恵みなり。」と信心深く、田の浦といふ所に祇園の立たせ給ふ、これに日参して祈りぬ。
この浜の景色、諸木、岩組、常に変はりて、古代より「仙家有り。」と言ひ伝へり。或る夕暮に詣でけるに、十四、五{*8}なる艶女の近寄り、懐より古き絹一巻取り出し、「母を養ふたよりに致せば、これ、何程に{*9}なりとも求めて給はれ。」と言ふ。心ざし不憫に、「それまでも無し。」と、折節有り合はせの銀二十匁余り渡せば、「只は申し請けじ。」と、是非、絹を置いて帰る。されば取りて戻り、見る人に見せければ、「これ、小蔓といふ唐織。世に稀。」と言ふ。その後、かの女の元を尋ね、返しに行けど、知れ難し。
「さては、祇園女御の与へ給ひし果報。」とて、都の人に黄金八十枚に代なしてより、次第に分限と成り、子四人それぞれに棟を並べ、「世渡りは雫もこぼさぬ油屋。」と、家名、その隠れ無し。財宝の外、隠居分とて有り銀三千貫目。大坂よりここに来ての住家、人皆見及び、その身一代の働き。これ、町人の鑑ぞかし。殊更、正直を本として、末々めでたきは{*10}、備はりし仕合せなり。
これを思へば、商ひの道を知れる人の、うかうかと身を持ち崩し、貧乏神と相住みして世を果つる事、人の本意にはあらず。合点して見給へ。
校訂者註
1:底本は、「内証(ないしよう)にも済(す)む」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「娌(よめ)におくれば、」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
3:底本は、「まだ足元(あしもと)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
4:底本は、「自由(じいう)にならぬ」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
5:底本は、「借人(かりて)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
6:底本は、「わかきゆゑ、」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
7:底本は、「金銀(きんぎん)なると」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
8:底本は、「十四、五歳(さい)なる」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
9:底本は、「何(なに)ほどなりとも」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
10:底本は、「目出(めで)たくは」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
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