五 当流のもの好き
名利の千金は頂を撫づるよりも易く、善根の半銭は爪を離すよりも難し。されば、今の世の万人、身過ぎの家業、これ盛んの時、諸事を内ばに構へ、利欲を捨て心に成りけるは、近年、世間に仏道を聞き入れ、自然と気力うさつて、只、当分の暮らしを楽しみ、末々の事までの願ひはなかりき。この心底からは、富貴になるべき仔細なし。福徳祈る商人の家に、世の無常を観じ、人の歎きに構ふ事なかれ。商売に付けての偽りは、言葉を飾り、後から剥げる塗物店、江戸に軒を続け、門を並べし中に、大森、小川、この両店は、すぐれて諸道具、念を入るる{*1}事、聞き伝へて、その家名、次第に栄えける。
そもそも小川屋の主、正直を本として、わづかの世渡りなりしに、繁昌に成りける始めは、正月に閏のある年、元日に大雪降つて、通り筋、人馬の通ひ絶ゆる程の曙に、大釜に湯を沸かして、我が門の雪を消して、慈悲の道を少しの間なれども付け置きけるに、往来の人、ここにおのづから立ち止まりて、年玉の遣ひ物、火箸、燗鍋、又は餅あぶり網など、買ひ寄る人、蓬莱の山をなして、一日五十両余りが当座売り。まことに天下の入り込みなれば、近付きの外、人、同じ顔にあらず。
その夕暮に、五十ばかりの法師、麻の衣の袖まくり手して、竹笠を西行かづきに、雪打ち払ひ、かの店下に立ち寄り、杯一つ望みの由、言ひける程に、色々取り出して見せける。この御坊、酒好きと見えて、杯小さきを歎き、「我、常住の楽しみに、これを飲むより外は無し。昔、『上戸の、のみつくさぬ。』とて名を付けし、武蔵野といふ大盞はないか。」と言ふ。二合入につもりたる杯を見せけるに、「いづれを見ても、蒔絵に菊水、龍田川、又は伊勢海老。これらは目にしみて古し。新しき仕出しもあるに。当流の物好きなるを見せよ。」と言ふ。手代、あぐみて、「さても痴れたる御坊かな。漸う杯一枚売るとて、いかい手間入りなれど、『この店に望みの杯なし。』と言はれんも口惜し」さに、切子の灯籠、上に吊り、下に節季候、ここを専と舞ふ所を高蒔絵にしたるを見せければ、法師、うなづきて、機嫌なり。
法師の曰く、「それがしは、唐土尋陽の江に住む猩々なり。今、この朝に化身せり。我が頼る所は、必ず家栄え、繁昌するぞかし。」と言ひ捨てて立ち帰るを、手代、まことしからず思ひて、忍びて慕ひ見れば、築地のほとりにわづかなる庵を結び、行ひ澄ましたる道心者なり。
まづ、猩々の事は嘘にしてから、この坊主の言葉、少しも違はぬは、亭主、正直なるを、天の恵み給へると見えたり。
校訂者註
1:底本は、「入(い)れる」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
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