二 芸者は人をそしりの種
「諸芸を鍛練する事、それぞれの家業の外は、深うその道に入る事なかれ。」と。古人の言葉、一つも違ふ事なし。唐土の鄒燕といふ人、篳篥に五十年来の心を尽くし、七十余歳にして妙を得たり。六月に冬の調子を吹きて、庭前に霜を降らし、万人、この音律に目を喜ばしける。かくの如く学び得て、程なう世を去りしに、身の一大事の覚悟も無く、子孫に伝へ難く、わづかの遊楽、何の益なし。この外、左慈道人、我が朝の果心居士、これらが技術の法は、乱の基。年月修練して、何か世の助け、身の為にもならず。人間の第一は、筆道修行の後、学問の外なし。
今の世の人心、分限相応より高う留まり、鞠場の柳蔭に日を暮らし、九損一徳に、早足{*1}がきけばとて、別の事無し。暗き夜は、提灯持たせて静かに行けば、溝へははまらぬものなり。殊更、楊弓、官女の業なり。いかにしても、大男の慰み事にはぬるし。猶又、諸職人の、槌、鋸を持ちたる手には似合はず。よし又、百筋ながら当たり、或いは大金書の看板に付いてから、何。この矢、自然の時の用に立ち、せめて盗人を射留める{*2}にもあらず。肴引く猫に当てても、更に驚く事なし。
十炷香は、いよいよ福徳備はれる暇人の華奢遊び。これ、きき分くる鼻にて、飯の焦げるをきき出し、釜の下の薪を引かすれば、始末の種にも成るぞかし。茶の湯は道具に頼れば、中々、貧者の成り難し。「万事、あるに任せて侘びたるを良し。」と言ひ伝へり。これ、利休の言葉にもせよ、貧家にては面白からず。事の足りたる宿にして、物好きを寂びたる構へに致せる事ぞかし。しかじ、世に住めるからは、巧者の中程に居て、人並に呑む程の事は知るべし。
又、能、囃子、「乱れ」「道成寺」まで伝受して、その身、太夫に望みなく、素人芸には用無し。耳近き小謡覚えて、近所の祝言振舞の間に合はすれば、済む事なり。地狂言は子ども時なり。髭の生ヘたる口から、「罷り出たる者は」「いかいうつけ」の沙汰して、見る人、汗をかきけるに、この男の母親ばかり誉めける。立花は、宮御門跡方の御手業なり。野辺遠き四季の草花、品々を見給はぬ人の為に、深山木の松、柏、柴人の手にかかるを集めてあそばされしに、近年、いづれも奢る心より、用捨せず継木の椿をもぎ取り、鉢植の梅もどきを引き切り、霊地の荷葉を折らせ、神山の杉を取り寄せ、我が儘の振舞。草木、心無きにしもあらず。花の恨みも深かるべし。これ、只一日の眺め、世の費えなり。さて又、小商人の碁、将棋、侍の三味線、町人の兵法、出家の浄瑠璃、百姓の諸礼方、これ皆、由無し。世間にこの類、あまたあり。
されば、和歌は和朝の風俗にして、鴬、蛙までも、その声、その姿なり。いはんや、生ある人のこの心ざし、無くて有るべからず。時に、連歌の掟をゆるがせにして俳諧と言ふも、これ、歌道の一体なり。昔は、世を暇になす人、或いは神主、又は武士のもて遊びにして有りけるを、近き年、世上にはやり過ぎ、人の召し使ひの小者、下女までも、致さぬといふ事なし。総じて芸事、末々の手に渡りて、すたれるためしあり。
昔日の俳諧師は、歌書を大方に見渡り、道知る人に礼式を習ひ、貴人、法体の下座に付き、諸事、宗匠の下知に任せて、心に誠あれば、自然と神慮に叶ひぬ。いづれの連衆にても、よろしき付句を致されし時は、座中、肝に銘じ、我をおぼえず同音に誉めて、持ち扇の端に書き付け、好ける人にこれを聞かせける。又、点取の巻して遣はしけるに、その頃の点者は、百韻一句一句、聞き方を脇書にして、明白なり。又、作者も俳道の弁へあつて、少しの指し合ひ、同字、見落としの吟味を遂げて、互の修行に成しぬ。
今時の点者といふを見れば、昨日まで、「馬は生類になりまする。」「牛は闇に二句嫌ふか。」と尋ね、『はなひ草』口から四枚も覚えぬ者が、菓子袋に捺すやうなる印判を拵へ、軒号にびつくりさせ、一句一銭の点取に、読めぬ所は評書無しに付墨し、鹿の打越に紅葉鳥を知らず。有馬の湯は水辺に成る事も、鳶は俳諧やら烏は連歌やら、何を一つも聞き分くる事無し。作者、唐人なればこそ、その儘に済む事なれ。
この点者に成りて、諸国に名を知らるる程の人は、まづ二十年を経て、八百八品の指し合ひを宙に覚え、これより見合ひ、文台に当座の料簡、限りなきものぞかし。仮初ながら、この程{*3}の宗匠達、せめて席振りなりとも見習ひ給へ。この偽りの心からは、住吉へ参詣し給ふとも、神は見通し。内陣から、「誠なき俳諧師が参つた。」と御顔を振らせ給ひて、請け給ふまじ。
この時の一座見るに、たとへ良き句を致しても、気に入らぬ顔つきして居るは、己がよろしからぬ句を致せる時の為なり。さて、下座より宗匠を差し置き、平連衆より指し合ひの吟味。これ、法に無き事なり。つらつら思ふに、点者、愚かにして、徳の無き故なり。作者の貧福に構はず、まことを裁くをまことの宗匠なり。まことに、和歌のはしくれなる俳諧さへ、かくすたり行けば、ましてや外の諸芸の師匠も、これになぞらへて知るべし。
さりとては賢過ぎて、今、うたての人心には成れり。
校訂者註
1:底本は、「早速(さそく)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「射(い)るめる」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
3:底本は、「此(こ)れ程(ほど)」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
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