三 色は当座の無分別
人間、一日の遊楽。曙に生じ、夕に死す。思へば夢の仮枕。よろづに心を移す中にも、遊君の戯れは、和漢に古今やむ事なし。楓橋の夜泊に客絶えず、琵琶かき鳴らして唐人歌を聞けば、和朝の色里、都の島原に歌ふ投げ節に同じ。「死なざ、やむまい。」と聞きしが、いづれ生きて息の通ふ内は、中々、人の意見、我が分別にても留まり難し。諸国その所々の遊女にほだされ、身代を潰し、様々の難儀にあへるを眼前に見及ぶ事、その数、限りも無し。
かかる事皆、人の身の上のやうにおぼえて、一日暮らしに遊びて、有る程はからりちんと成し、借らるる程は借り集めて使ひ捨て、後へも先へも動かぬ時、「石車を銀にして欲しや。」と願ふに、思ひ、はか行かずして、自然ととまらねばならぬ首尾になつて、かの里通ひをやめける。その時は、男の魂といふ脇差一腰もなくて、物の見事に身を丸腰にて修めけるも可笑し。
されば、人間一生の内に、一度は傾城狂ひに取り乱さぬといふ事、一人無し{*1}。何とぞ面白き中程にて、神仏の御控へあつて、この遊興をやめさせ給へば、居宅も売り残し、商売物も小体にして、渡世に取り続き、身を捨てて働きければ、町内世間の人、親類の末々までも、「今までは、若気。」と料簡して許しぬ。人として慎むべきは、この道。今更、言ふまでもなし。昔、賢き親仁達が、諸書にこの事を残しぬ。
その頃、難波の津に、二代続きて隠れなき人、銀が銀を儲けし両替店を出して、一つも替はつたる事にかからず、仕付けたる家業ばかりして、段々に分限に成りて、所のよき大屋敷ども求めて、この宿賃ばかり三十貫目、一年に取りて、大和の内に確かなる田地を買ひ置き、この作得、一年に八十石納め、財宝、有り銀、三千貫目、総領に相渡し、「末々の兄弟は、世間に笑はぬ程に身代を分け取らせよ。」と書き置きは一枚にして、この親仁は相果てられたり。
この跡取り、親の心ざしにまさりて、よろづに吝き生まれ付き。五歳の春、着初めの袴を我が手にかけて皺延ばして、思ふ儘に畳み置き、玉ぶりぶりの箔の剥ぐるを惜しみ、紙に包みて越しける。これより親も安堵して、「一生、身を持ち損なふ者にあらず。」と手代どもに末々頼もしく言ひ渡されしに、いよいよ十七、八の頃、世の人に変はりて、とかく外へ交じはる事無く、義理を欠きて、細かなる算用ばかりして暮らせば、大勢の召し使ふ者も、一日、物見遊山に出る事も成り難く、昼夜、商売の事のみ油断無く、この家の長く治まる事を喜びける。
されば世の人心、何時となく変はり行き、定め難し。この跡取り、二十一の年まで終に色の道を知らず。只一日の慰みには、金箱の数を内蔵に入れて読み遊びしに、或る時、草履取り上がりの若い者、折々の気伸ばしに蜆川に遊び、巾着銀を使ふと聞きて、その茶屋に尋ね行き、吟味仕出して事々しく意見して、「当座に暇出す。」と言へば、この若い者、面目失ひて逃げて帰りし後に、この旦那を引きとどめ、「御首尾はともあれ、酒代置かずにござりました。こなた様より申し請くる{*2}。」と言ふにぞ迷惑して、この座敷、その儘は立ち難く成りて、「とても銀出すからは、只帰るは一代の損。」と分別極めて、この男、初めてわけある女の手に、「面白きもの。」といふ事おぼえ、これより毎日通ふ程に。
出合ひ頭に貧なる太鼓が付きて{*3}、風呂屋者を勧め、「これもさもしき所あり。」とて、押し出して囲ひ女郎を買ひ初め、「又、格別。」と思ふ時、禿の木綿布子、目にしみ、又は襟垢の付いたる衣装も、後には気の付く折節、天職の豊かなる道中を見て、又これに心を移し、次第に奢りつきて、人も名を知る程の買ひ手になれば、早、天神などまだるくなつて、太夫職に馴染みて、この道に洒落る程、揚屋の下々までも、かゆき所へ手の行くやうに、ぐわらりぐわらりと嬉しがらせ、太夫を手に入れ自慢して、外の男を堰きて、金銀の費えを構はず。無理なる口舌を仕出しても、一度も負くるといふ事なし。
「世界広しと申せども、我に張り合ふ買ひ手あらば、恐らくは威勢比べ。今日から十万日にても、確かに請け取るこの大尽、今の世の御の字の客。その仔細は、若うて無事で銀を持ちて、親がなうてその身利発で、吝うなうて情けが深うて、酒飲まいで一年中暇で、何が一つ不足無し。揚銭は先銀渡して買ひまする。女郎様は断り無しに、毎日なりとも御出なさるる。御内証の御用は何程にても、これの内儀に申し付けておきまする。
「外の太夫達は、師走の二十四、五日頃まで正月の男の無い事を悲しみ、とても物にならぬ男の方へまで、読めば涙のこぼるる程の文遣られしに、そんな事は一つも苦にせず、皆、我にうち任せ、急がぬ事を、冬から来年の盆の踊り浴衣を染めさせ、菊の節句の袷の模様まで御申し付けなさるるを、御好みの通り、京都へ申し遣はしける。これ程確かなる客には、眠たくと目を開いて、別れ惜しむ顔をなされたが良し。
「嬶も{*4}、酒の吟味して飲まされて、咎には成らぬ事。亭主も少しは気をつけて、寒の内にうるめの焼き物。これは、八、九月の頃、はしりを喰うて、世に古し。杓子で当てがはるる客とは違ふべし。追つ付け分散と見え透きたる人の、『紋日に出よう。』と言ふを、宿屋、『御無用。』と留めて、酒、吸物を食はれ損にして帰し給ふ人と、同じ口には迷惑なり。又、女郎も、家質置いて借つたる銀で、節季払ひをして貰ひ給ふも、心の良うは無い事。随分たらして取り給へ。誰に恐れず、この里の銀を千貫目にても、我が宿で払ふ大尽は、我等が外にはござるまい。」と思ふ儘なる事言ふにも、銀が敵の世渡り。皆、「御尤も。」にして承りしに、この道に奢れば、はかの行くものかな。十四、五年見及ぶ内に、いかないかな、百銭も残らず。これ程までは、ようもようも使ひ捨てける。
昔は人を笑ひしが、今、身の上は、長町に影隠し、花火線香して、朝夕の煙細く、一人の母に手馴れぬ賃綿を繰らし、妹は、わけもなき所へ奉公に出し、取り替へ銀を嬉しく、忍び忍びに端女郎狂ひして、夜店過ぎて霜月の頃、吉原町の五分女に虎之助といふ局に、火鉢映りに人の見知るも構はず、「我も昔は、日に一筋づつ下帯かき替へたる男。今、勝間木綿も恥づかしからず。人は知れぬものよ。侮り給ふな。」と戯れける。
一つの心から、女郎買ひのなれの果て。この男ばかりには限らず。
校訂者註
1:底本は、「ひとりもなし。」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
2:底本は、「申(まう)し請(う)ける。」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
3:底本は、「付(つ)けて、」。『日本永代蔵 世間胸算用 西鶴織留』(1991)に従い改めた。
4:底本は、「かくも」。『西鶴織留』(1993)に従い改めた。
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